作品集 2016年6月号 作品Ⅲ・月集


小春日のリビングゆるりと時の過ぐ零歳に五歳泣かされていて   浅井美也子


幾世代継がれ継がれて今に舞う会津の獅子の寂しさがいい   上野昭男


小松菜を蒔き終わるまで病む友は見てゐき塀に両手を乗せて   松山久恵


七人が暮らしていたる隣り家に犬の声なし人声もなし   牧野和枝


語らざる妻に食事を与えつつ月のみているわれのこころ根   仲沢照美


刈り払ひ機キャブのガソリン食ひつくし晩秋のすゑ任を終へたる   久下沼滿男


ちちははと囲みゐたりし大火鉢いまわが庭に金魚がおよぐ   森暁香


みずならの林の木末(こぬれ)目に見えて赤味さしくる昨日より今日   秋元夏子


一日をかけて作りし父の橇みごとに歪みその後を知らず   横山利子


きんかんの甘煮を口にふくみては夕陽に染まる海を思いぬ   杉本聡子


吊るされて腹を割かるるアンコウの巨大な胃よりサバの出でくる   菊池和子


ふるさとに兄を残して義姉逝きぬ笑顔のような桃花さく頃   柴田恵子


この齢になりたるからこそ知りたりと卒寿の祖母がぽつりと呟く   栗原紀子


断崖の下は引き潮あらはなる岩場に散りし無残なるかなや   山尾運歩


騒がしき日本の若者去りしあと海を見つめる老夫婦三組   中澤正夫


店の棚に覚えある名と手に取れば同級生の「秀ちゃん」の本   鈴木智子


何事も今もやれると思ふけどやりたくないのと雪さん九十二歳   滝澤美智子


雨上がり色さわやかな庭木なり空に向かって背伸びしている   土屋立江


背負はれて映るみどり児それだけでドラマの中に存在感あり   今井百合子


雨の中ワサビ借りんと隣家訪ひ留守にて帰りサビ抜きのブリ   鳥飼丈夫


泣いたって気付かれないし泣いてやるビニール傘も見つからない日   広沢流


「ゆっくり老いているね」と子は笑うテレビの音量二つあげれば   諸見武彦