作品Ⅰ
玉手箱ひらくやあまた情報の煙(けむ)に咳きこむ現代人は 橋本喜典
しもつけの古墳大きく見えくるに走る野の道狭くてめぐる 篠弘
カッキンと首すじ鳴りぬ今まではコキコキまたはゴキゴキなりしを 小林峯夫
車椅子用なくなりしを丁寧に畳みてしまう初冬母なし 大下一真
金正恩(キムジョンウン)ふくらみやまず百二十瓩(キロ)さすがに叔父貴は殺(と)らざるが是 島田修三
両足に立つ大いなる喜びをゴーダマ・ブッダ説きたまひけり 柳宣宏
月光桜は牧野博士が名づけしか土佐大月町を瞼に描く 横山三樹
九十年馴染み来たれるわが氏名ナンバー表示を怪しみ見るを 窪田多美
日当たりのよき山の斜面は何かしら明るし雉鳴く春の昼どき 齋藤諒一
八十を過ぎてわが膝笑うゆえ手すりに頼る駅の階段 齋藤博
「影深く生きよ」といふ詩読みしかば影とは何か思ひあぐねき 井野佐登
札幌の息子がマンション買ふと言ふ親を頼りて言ふのだらうか 中根誠
マフラーのさまにならざる着こなしに冬を耐えゐし晩年の父 柴田典昭
細長く白き光と見て過ぎぬ自転車置き場に点れるものも 今井恵子
駅ホームのスマホの列に文庫読む男あり今日は寒晴れ 簑島良二
ボランティアなさるそうねと掌の子猫お願いしますと差し出されても 松浦ヤス子
月光のするどき夜半を飼犬のゆまりする間を見上げておりぬ 伴文子
二重サッシュに嵌め替えられて風に響(な)る虎落(もがり)笛など知る子もをらぬ 荒井雪子
ていねいに鮭の飯酢を漬けている母の姿の顕ちくる雪の日 中里茉莉子
降誕節(アドベンド)に入りける朝をドイツより粉砂糖におう焼き菓子届く 高島光
コスモスの揺るる道ゆく夜は秋なが袖のシャツ揃えて置かな 松坂かね子
とどのつまり帰る処はここなのか冬のたたみの仏壇のまえ 曽我玲子
数日を埋もれいたる豌豆の照葉となりて雪間にのぞく 渡辺美恵子
今年にて賀状は終わりその次に思いあふるる十行があり 佐藤鳥見子
風をあび風に削がれてとぶ木の葉朝日のなかをきらめきながら 清水篤
祖父の姉が五代友厚の妻なれど朝ドラに一度も姿をみせず 岩井寛子
真っ白なレースのように咲くという唐朱瓜(からすうり)の花われは焦がるる 立原房江
今まさに熟成の時か冬りんご芯のめぐりに蜜にじませる 熊井美芽
飛行機の消えたる空はがらんだう父なる二人冬に逝きたり 大内徳子