まひる野集
がらんどうの体を埋むるすべはなくなだるるごとく寒波は襲ふ 加藤孝男
公務のためゆく旅なれど冠着(かむりき)の山を仰げばひとりの遊子 広坂早苗
金柑を煮詰める湯気がゆらゆらと顔をめぐりてたまゆら遊ぶ 市川正子
泡だちのよき石鹸に身をつつみていねいに今日の悔しみ洗う 滝田倫子
母を呼ぶこゑ透りくる街中に遠き日の耳となりてふりむく 寺田陽子
焼(く)べらるる丸太に生ふるひこばえに百年後なる森をおもひつ 竹谷ひろこ
浴槽に揺蕩う柚子の実幼児のごとく寄りきてわが身にふるる 齋川陽子
マイナンバーカード取らぬをささやかな抵抗とせし民草として 島田裕子
群れなさばいじめもあらむ会津より阿賀への県道わたりゆく猿 小野昌子
七草を過ぎて日ざしの麗らかに豆腐屋のラッパ近く聞こゆる 齋藤貴美子
パソコンの灯を消して眼つむれば椅子がしづかに回りだす夜 麻生由美
みづからを投げ出すやうにわが前をひとつ椿のくるめきて落つ 久我久美子
平均年齢四十歳(しじゅう)を超ゆるグループをアイドルと呼ぶ島国に生く 高橋啓介
虫のごと琥珀のなかに閉ざさるる日のあらばあれ硬き時間の 升田隆雄
一斉に駅伝選手の発つる時鳩の放たるる平和公園 中道善幸
「かるたの先生しばたさん」の札をさげ先生ならむ春の半日 柴田仁美
ヒーターもわれも日すがらエコモード細き炎に冬日を過ごす 岡本弘子
好物の海苔巻き持参し見舞いたり機嫌のよろしき夫を見守る 小栗三江子
支えられ走り来たりしコースへと深々と礼(いや)なしランナー倒る 岡部克彦
しかれども我は人間ほんとうは助けたくなき人もおります 吾孫子隆