マチエール
本当は君の子どもを産みたかった。さよなら、ららら、君への卵子 立花開
水鳥のような幼き声をもて戸外で雪を確かめる子は 富田睦子
霊力のいやおうなしに高まれる蝦夷の原野の契約社員 北山あさひ
吹雪の日切実に手をつないだのはさっちゃんでそれからさっちゃんはいない 宮田知子
サラリーマン川柳なのに妻のことばかりでお前気持ちが悪い 山川藍
発勁(はっけい)に一瞬たわむ腹の肉プッチンプリン揺らせふるふる 米倉歩
わたしだけ覚えていないオオムラの話に左の口角あげる 荒川梢
真っ白なエチゾラム錠落ちているひかりあふれる洗面室に 伊藤いずみ
湯気の中初めてしたるわが真似か見れば見るほど風呂掃除なり 大谷宥秀
階段を下る時ふと英雄的気持ちになりしが母には告げず 加藤陽平
また抜けし乳歯は屋根に投げなくてクッピーラムネの袋に入れおく 木部海帆
彼なりの精力剤であるらしい真冬のコーラよ奇跡をもたらせ 倉田政美
いつよりか分けて洗わなくなりし子の衣を吊るす紅鮭のごとく 小島一記
渋滞の道路で父の重体を思うほんとのわたしふきんしん 小瀬川喜井
愛のさなかの声もまぼろしひったりと眼つむればいつしか冬野 後藤由紀恵
職歴のひとつひとつによき人とわるき人ありむろん書かざり 佐藤華保理
耳栓をふかくふかくへ押し込みて電車に乗ればわれは冬の王 染野太朗