作品Ⅱ・人集


たかが雪されど雪なる東京の雪がテレビを占拠する朝     菊池理恵子


梅の枝に殿様蛙が逆さまに刺されておりぬ触るれば堅し    齊藤愛子


近隣の巨き駐車場のなくなりて谷の底のようなしずけさ    河上則子


子供らの「鬼は外」とふ声聞かず呟くやうにわれ豆を撒く   井上勝朗


祝婚の花火は黄にひらき枯野もわれもきらら煌く       宇佐美玲子


「左翼ですが文化は国粋主義者です」臆面もなく団塊男    伊東恵美子


朝採りしレタスは氷のごとくしてぬるめのお湯にゆつくりほぐす   山口真澄


幼き日おぼえし百人一首なれば歌の真意をやうやく知りぬ   藤森悦子


冬木木の庭に紅梅ふくらみて子の縁談のまとまる気配     鈴木尚美


初(うひ)孫の誕生未(いま)だ知らせ来ず名づけし名を呼び無事を祈りつ   阿部清


日本の領土と思いしや満州の歌会(うたかい)の様はのどけくありにき     佐藤正光


青信号ひとつ待ちて渡る人足に障害あると見ゆ        高尾明代


水仙に始まる庭の花暦静かに手折りて一輪差しに       有馬美子


誰の手も借りずに結婚したはずが別れるときは他人(ひと)の手借りる     山口昭子


それぞれに心を告げる年賀状しばし語らい文箱にしまう    田村郁子


はやばやとけものの苞を脱ぎすてて辛夷が勢ふ気配が動く   横川操


ひそやかに電波飛び交ひスマホにて足りる世となり空気が薄い  平林加代子


ふっくらと落ち葉の量に護られて蕗は小さき青芽を抱く    野田秀子


対岸に草刈る人の動きゐて草の香匂ふ川面の風に       稲村光子


からっぽの湯舟に猫は蛇口より落ちる一滴じっと待ちいる   大山祐子


幼児のハートの形のポケットに苺の味の飴ひとつ入る     齋藤冨美子


弱い雄は群れを去らねばならぬらし人間界でよかった吾は   草野豊


貧しきは落ちくるナイフを掴むとふ株価に底値のあるを思ふ日   塚澤正


柔らかきタッチにゴヤの描きたる「目隠し鬼」に興ずる男女ら   西川直子


啓蟄のごとく近隣うちそろい雪かきすれば我も加わる     飯田世津子