作品Ⅲ・月集
厳寒の裸参りに出陣の息子の顔つき引き締まりたり 鈴木智子
そこそこに人の寿命の長きゆえ情熱よりも制度にすがる 高木啓
檻の無き閉鎖病棟貼紙に記されし規則「自傷禁止」と 大葉清隆
児とおなじ目線になって見あげれば下から上へのびる航跡雲 浅井美也子
一穂の明かりを点し停電の闇の真なかに人は温とし 岡野哉子
気がつけば子に守らるる老い人となりて悔しや花いちもんめ 香川芙紗子
これが妻の腸内なるか禁断の絵を覗くごと懼れつつ見る 上野昭男
塩焼きか照焼きにするか決めかねてセールの鰤を釣り逃がしたり 清水京子
三和土とう言葉が不意に口に出づそこに生きいきとはらからの声 清水和美
大吉のみくじと歓び持ちかえり一字一字を読み返しおり 上根美也子
本二冊求めて過す三ケ日活字の中に揺られてをりぬ 菊池豊子
病棟の八階から見る東京は高き低きと無秩序の街 手塚智子
硬くなる寒さの中で筋肉は忘れてしまった動くことなど 笠松峰生
若き母が「出来ることをみつけやうね」とポリオ病む子の頭を撫でる 後藤元子
正月終え孫子ら一団帰りたり今宵はわが米一合を研ぐ 福井詳子
残りたる小さき白菜取りつくし雪の予報の明日に備ふる 酒井つた子
ひなまつりできぬを今も嘆く母九十二歳息子が四人 庭野治男
さあ生きよと言うが如くにゼラニウム赤あかと咲く凍てる窓辺に 袴田和恵
テレビでは曇りの予報でも今日はきっと雪だろじんじんしてる 遠藤良子
擦り切れた怒りのやうな花穂より一月アロエの花咲き上がる 智月テレサ
「調」と「月」同音なれば信仰に月待つならひ伝はりしとふ 奈良英子
年賀状孫の話題が多くなりほほえむ我は偽善者なるか 滑川恵美子
山頂の彩りたぐるゴンドラは山また山へゆるらに越ゆる 鵜沢静子
シクラメンのかおりただようひと時は僕がアイスで君はホットで(布施明) 須藤秋男
友ならば無言で墓前に立てようか俺ならひとり「馬鹿」とつぶやく 伊藤英伸
副作用しびれし指が落とす箸まず一本を床に拾ひぬ 野田珠子
運がいいのか悪いのか雪道にうずくまっても月しか知らない 広沢流
頭髪の量が少なくなるにつれ手足の爪は伸びを早める 宮内淑人
新年は諍いも無く明けにけり隣家の猫が挨拶に来る 諸見武彦
あなたの水たまりを踏んで気がつく放課後の自転車の瞬き 早計層