作品Ⅲ(三月集)
働く場がわれを生かしてくれていると仮設から出勤の八十二才 桑島有子
長らくを止めゐし煙草また吸ひぬ隠れて吸へば無頼の気分 伊藤宗弘
思ひ出を胃の腑にしまふや金箔入りのソフトクリームに並ぶ人々 岡野哉子
平成の世に生き難き老い人を下級と呼びてこの年が暮る 香川芙紗子
農の血が強ひるかわれは種子を播き穫り入れ粉にしてそば打ちが好き 久下沼滿男
居酒屋の壁に書かれし短歌あり墨跡なぞり毒づく我は 大葉清隆
連用日記は一年前に目が移り師走の母の蘇りくる 佐藤典子
村里の首相のポスター色褪せて炭焼小屋に一筋の煙 山家 節
風邪ひけばやはらかき布首に巻く幼き日にもことしの冬も 秋元夏子
ひと晩をはちみつ漬けにしたる柚子その金色(こんじき)を白鉢に盛る 森 暁香
暖かと十年日記に書いてある十二月二十日いつも窓ふく 原田勝子
集まりに大きな飴玉口に入れ一時間余り無口を通す 浅沼澄子
霜焼けのわが手に真綿まきくれし遠き日の祖母優しかりしよ 福井詳子
軒並みに柿の鈴生る当たり年たわわなる枝のたわわなるまま 牧野和枝
柿の木を植えしに実りを見ぬままに逝きたる夫に甘きを伝う 住矢節子
この青い空を切り取り曇ってる今日の気持ちを貼り直したし 海老原博行
くもり日の一人居さびし軒先の洗濯物は揺るるともなく 土屋立江
東軍と西軍の運命見下ろして戦国弁当ゆるりと食べる 服部 智
酌みかはす酒こそよけれ八海山父の十三回忌の膳に 庭野治男
団欒の空気凍らせあんた何考えてるのと妻が泣き出す 高木 啓