まひる野集



同性婚そのささやかな幸ひのさびしめるかな世界は暮れて   加藤孝男



霏々として髪にまぶたに降る雪の軽さや春の鳥となるべし   広坂早苗



頼み事またも忘れる看護師のこの青年は教え子に似る   市川正子



中空に和紙のようなる昼の月パパンと打ちてジーパンを干す   滝田倫子



踏みしむる落葉がゆっくり戻りくる逡巡ひとつ解き放つべし   寺田陽子



滾りくるはなくなれどなほ水音の響きのこれる胸に手を当つ   竹谷ひろこ



まどろみの昏き野の果て一枚の光る水あり行つてみやうか   麻生由美



慈しむは他にもあるとひと言へど一人が欠けてすべて虚しき   齋川陽子



剃り残る顎髭白きを見つけるや視力戻ると夫に祝わる   齊藤貴美子



使ひ来し鍋のつひには漏れくるや底の濡るるをひたと触れみる   升田隆雄



われにありわれにあらざるもの幾ついさぎよきまで冬木は裸   久我久美子



今更に坂の多しよややに疾くだらだら坂を下りゆく夕べ   柴田仁美



海上のテロ対策の訓練に映ゆれば美しき広島港は   中道善幸



降誕祭の未明の耳に届き来る雪にならざる雨さやぐ音   高橋啓介



雪氷を剥がしておらんガタガタと寝床ゆすぶる真夜の除雪車   吾孫子隆



くるくると巻かれて届くカレンダー丸まっている未来を伸ばす   岡本弘子



久びさに会いたいですねの賀状なり互に住む町遠からずして   小栗三江子



液晶の画面に出でくる障害物交わしかわせず交わせずかわす   岡部克彦