十八人集(作品Ⅱ)


胸元のTシャツの痕うすれきて晒すものなき秋と思えり   宇佐美玲子


あの山が子持山(こもちやま)かと幾たびも問う夫なりき そう、尖ってるほう   河上則子


帰り来よ正月会はむと言ひくれし人を逝かしめふるさとは雪   井上勝朗


広らなるメコンの流れは泥の色ホテイアオイが流れて行きぬ   岡田貴美子


学校は楽しいかなどと聞きながらエコーをしたる児の笑み見つつ   西 一村


世を逃れ来し者のごと神保町さぼうるの古き木椅子に座しぬ   西川直子


黄葉の散り敷く道に思ひ出づ早足なりし夫の靴音   庄野史子


亡き母は五木ひろしの大ファン テレビで懐メロ聞きつつ偲ぶ   七山征子


十あまり軒に吊らるる干柿に午後の日射しがやはらに透きぬ   横川操


目の前の時を傍観する吾のこれまで生きてきたはずの日々   矢澤保


穂すすきの影そよぎ立つ夕なだり白々とわが夢吹きすさぶ   稲村光子


生きてゐるだけで丸まうけと言ひ暮らす大阪人の我はなりたり   坂田千枝


五十年前の手紙を読みゆけば万年筆のインクの匂い   塙 紀子


逝きしこと聞きて仰げる夕暮れの空にちぎれて一片の雲   松本ミエ


闇に浮く白き木道歩みゆく脚の葉擦に風をとらへて   前田紀子


跳躍の姿のままに馬一頭ペーパーウェイトの中に収まる   岩本史子


もやもやと漂ひ消ゆる川霧の野良着を湿して心さびしき   山岸栄子


一斉にもみぢ降りくる牧場に黄のトラクターしぐれてをりぬ   山口真澄