マチエール
女装者の愛のしぐさに浮き出ずる冷たき角度を吾もまた持てり 加藤陽平
じゅうおくえん、という言葉を聴きながら借り家に帰る帰るほかなく 北山あさひ
われは夫をたたきつづける強風の師走の空に干したるパジャマ 木部海帆
すい臓にガンが見つかりすい臓の機能を初めて知ることとなる 倉田政美
あれが穂高、とあなたが指せばどの山も穂高となりてわたしに迫る 後藤由紀恵
わたくしの想い届かぬ人間の多くて心の位置をずらせり 小瀬川喜井
アンタレスしるき夕方ゆびをもて魚の小さな心臓をとる 佐藤華保理
すいません、と二度言ふ癖の四月頃よりつきたれば待たるる四月 染野太朗
いもうとはときおり父をパパと呼ぶそのたび遠くなりゆく父よ 富田睦子
小銭まで並べて高めの酒を買い氷も買って鳴らして飲むんだ 宮田知子
それぞれの単語はなじみあるはずが一首になると意味不明なり 山川藍
軽やかに国家を背負い手を振れる羽生結弦が不吉であった 米倉歩
あやめ草五月革命起きる様なし住宅ローンのあと百ヶ月 伊藤いずみ
食卓に初句と結句の顔をする吾子と祖母とが飯を待ちいる 大谷宥秀
今日が今日であることの意味低気圧に側頭葉を握られている 小原和