作品Ⅱ(人集)


おおみずあお遠き記憶の森に翔びふたたびは見ぬ夢のようなる  宇佐美玲子


ゆく秋の夜(よ)にしみじみと掌(て)をひろげ運命線をなぞりてをりぬ  田浦チサ子


赤い実がとても気になる寒露きて小鳥のように近づいて行く  菊池理恵子


ユトリロと似ている長谷川利行の白が哀しい変電所の絵  西 一村


HAPPYと買ひたる手帳に我書きて二〇一六年の命を生きる  坂田千枝


だまし絵を見るごと空の浮き雲のさつきの雲と同じにあらず  山口真澄


竜胆の花は手折らずそのままに林の中に咲かせてをかむ  上野幸子


ボボボボと鳩啼きやまず飢ゑて呼ぶ父よ母よあかときの空  平林加代子


身心の弱りしわれをはげますかまどろみの夢の父母やさし  竹内類子


わが頬を撫でゆく風の冷たさよ遭難碑のケルンに朝日かがよう  大本あきら


駅前の更地工事の音止みて茜の空に立つ杭打ち機  広野加奈子


防潮の堤砂を運ぶベルトコンベヤー山より百足(むかで)の繋がるごとし  阿部 清


ラベンダーは年輪あるゆゑ木に属すと耳に止まる雑学一つ  相原ひろ子


この家の果つる日はいつその日まで思えばなすこと以外に多し  角替千鶴子


この広き空に縄張あるならむ烏一羽が追はれ追はるる  関 まち子


一歳児の人指しゆびのとほりたる障子の穴に切り張りをする  辻 玲子


痛む背に目覚めて寝返りくりかえす夜汽車の音をつかの間聞きぬ  熊谷郁子


天(そら)を指す凌霄花の花いくつ逝く夏惜しみて咲き残りゐむ  高橋和弘