作品Ⅰ
売れてゐますと言はむばかりに「親鸞」を説ける書物の広告つづく 橋本喜典
風の吹く野でも火の点くライターが卓上にあり使はざりしに 篠弘
馬といえ戦死もなにも報せなし無茶苦茶だった あのころの国は 小林峯夫
一度打てば三度四度の凡退も許されるなり野球選手は 大下一真
忙しき老翁といふは絵にならず陽だまりに佇ちけぶり噴く人 島田修三
冬の日をすつぽり浴びる山の岩いわにうまれてよかつたよなあ 柳宣宏
万葉集は時代を映す鏡なり真摯に生きしいにしへびとらの 横山三樹
遠き日の君の便りも焼き捨てて深まりてくる晩年の鬱 窪田多美
この橋を渡してゆかばなにかしらよきことあらんか渡りてゆかな 斎藤諒一
ある時はわが子と思ふポチが居てその時われは神妙に母 井野佐登
避難所の体育館にこの夜を明かさむとする人を映すな 中根誠
巣立ちたる子らの机の月かげを拭ひて我と妻物を書く 柴田典昭
側壁に銀のダクトを走らせてビル灯りおり内部明るく 今井恵子
保険証も免許もひとを保証せず本人の顔が質されている 圭木令子
おはぐろの色のあせたる媼ひとり村に住みいし幼き記憶に 中里茉莉子
ほんでお前なんぼのもんや見回せば厨にぶつぶつ冬瓜のかお 曽我玲子
白線をわづかに超えて人間の感情のそとに弾んだボール 清水篤
何日か前にボタンが落ちていて後で取れたるシャツが見つかる すずきいさむ
肩パッド外してしまへば飛べるだらう畑の中の蚯蚓にささやく 大野景子