作品Ⅲ(月集)


「畑仕事婆」と成りて肉厚き手のひら見れば生命線太し         松山久恵


翡翠をふたたびみたび見てしより期待ごころに川ぞひを行く      坂井好郎


母国語らしき会話はずませ工場へ自転車走らす若者の列        山家節


わが若き時代と違ふシールズのラップコールに流血はなし       大葉清隆


九つを数えて見しが雀どち動くな動くな数へ終はらぬ          伊藤宗弘

 

植えかえし鉢にたっぷり水をやる捩れぐせあるホースなだめて    菊池和子


藪払いの先陣務めるシェパードは猪避けとは知らずにはしゃく    栗原紀子


亡き母の親兄弟ら全員が黄泉に揃ひてにぎやかならむ       香川芙紗子


鬼怒川の近く節(たかし)の生家あり豪農なりしおほらかなる屋根  森暁香


ベランダで鳩は首振り人間を見物しながら退屈しのぎ         海老原博行


わが横が更地になりてその先の独身女性がお隣となる        武石博子


伴奏についてゆけない「いい湯だな」ハハハそろわず一曲終る   牧坂康子


沢に沿ふ草山道をたどり来て蝶あまた舞ふ森かげに入る      秋元夏子


夕迫る独り居の家の鳩時計いのちの残量減るを告げ行く      中井溥子

 

関門の風に真向ひ佇ちをればこころすなほにさらされてゆく    岡嵜信子


風鈴の鳴りをひそめる昼下がり匙きらきらと氷菓子食ぶ      浜本さざ波


つゆ明けは一気に夏になる予報まずは湿れる部屋開け放つ   住谷節子


気にしつつ訪わざる友の病み逝けり遺族の手紙繰り返しよむ   福井詳子


けふ展く羊草の花ひたひたと花びらに日が寄せてゆくなり     岡野哉子


わが里の特攻隊の碑をすつぽりおおひて蕎麦花ざかり      岩岡正子


カレンダーに記して迎へる今日なればパールを耳に招かれて行く  小澤光子


積乱雲の塊り徐々に暗みきて家につくまであともう少し       上根美也子


たれ一人獲る人もなき熟るる柿舗道に落ちて甘き香放つ      伊藤務


頂きしお菓子の出自を地図にたどる岩手県岩手郡岩手町     吉良悦子


峡の田に葛はびこりて野となれり曽ては稲穂の揺れてをりけむ  長谷川文子

 

青年がギター抱えて歌う声秋風にのり川面にひろがる        中村信雄


目を凝らすサンタモニカの看板の「釣った魚は食べられない」    熊谷富雄


門口に置かれし陶器の大き犬遥か野面を眺めておりぬ       秋葉淳子


放牧の牛の速足おもしろし忽ち牛歩になるもをかしき        古城明彦


なだらなる岩影に沿ふ参道は物音もなく吾に向きたり        鵜澤静子


初秋の候と書き出しすこしだけ気取った便り君には送る       遠田昭