あかねさす明窓浄几蔦の葉のかげの下なるいのちなりけり       橋本喜典


三本のインプラントの歯入りて軍国少年はやそぢを駆くる       篠 弘


わが身をばかけ皿のごとく思ふたびにすぐれし人の死の悲しまる    関とも


浮き雲を浮かべて静か もう鴨の一羽もいないここ五六川       小林峯夫


すれ違い泥臭き人と気がつきて振り向けばおらず カッパ淵近し    大下一真


十年はひとむかしかと思ふときわが町を消えし小商ひの店主(あるじ)ら 島田修三


夏掛けの布団をフェンスの網に干す庭の明るき海辺の保育園      柳宣宏


日本は超高層の建たぬ国と信じゐし時代も遥かとなりぬ        横山三樹


七十年戦後数えて遺すものわれに有りやと夜半を覚め居り       窪田多美


このごろの短歌はどうもこうもネエことばの羅列その人見えず     斎藤諒一

  
町川に身をば投げたる一人居の女(ひと)の納棺までを付添ふ      中根誠


愁ひ帯び傾ぐジャンヌの細き顔去りたる娘の部屋に残れる       柴田典昭


身じろぐにふと現われてかなしかり桜の夜の母の眼は         今井恵子


病床に手をとり涙を流す義母(はは)百二歳(ひゃくに)の生れ日もかなしかりけり  岡本勝


たわやすくチェンソーは木を伐りゆけり森はや斧の音を忘るる     中里茉莉子


忘れ得るほどになりたる人逝きてにくしみしことの遠くなつかし    平田久美子


ぽきぽきと音たて菜花の新芽摘む春のよろこび指にあつめて      中嶋千恵子


今いかに生きてかあらむキリストの死に関わりし人々の裔       箱崎禮子


ひたぶるに鉄橋をはしりゆく貨車の紛れゆくべし銀河鉄道に      亞川マス子


サイパンの万歳クリフから身を投ぐる婦人の映像まぶたをゆする    大石敏夫


日々母と同じ会話を繰り返すわれの前世は鸚鵡なりしか        中畑和子