2014年2月号
作品Ⅰ
国民は蔑【なみ】されてをり暴言も失言も故意に忘れむとして 橋本喜典
屋上のヘリポート発つ機の見えて霞おぼろの空霽【は】れむとす 篠弘
李白の詩読みゆくうちに「筒井筒」浮かびきたりて楽しくなりぬ 関とも
このところ風邪引かないとうっかりと口すべらせしが大丈夫か な 小林峯夫
写真にて顔知るのみの祖父生れし地を訪ね来てわれは何者 大下一真
白じろと八手の小花咲くあたり過ぎて訃報のメールを開く 島田修三
バス停の別れに泪ぐみし父戦争で役に立つたと思へず 柳宣宏
癌でなき人には用なき錠剤を飲めば異端になりたるごとし 三浦槙子
歌は一首俳句は一句米はひと粒ひとは一日のいのち尊し 斎藤諒一
したきこと食べたきものを問いながらわれは忠実なわが僕なり 八木八重子
グラッと揺れふうつと抜けてしまひたる奥歯愛しも掌の上 井野佐登
暴力団の入店お断りするといふ貼紙したるまま店閉ぢぬ 中根誠
立ねぶた馳せ来るやうに五所川原駅前の驟雨たちまち過ぎぬ 柴田典昭
冬に入り鬱が兆すとわが言えば女房シャキッと背すじを伸ばす 蓑島良二
表面張力習ひし時はいつなりきひとり茶碗に湯を注ぎつつ 伊東福子
目覚めても夢の続きの中に居て一言言わねばなどと思い居き 堤恵子
わが死後に焼かれし頭蓋くだかずにあれとし思ふ没落の裔 篠原律子
玄関の取っ手の上にかまきりが留守をまもると斧ふりあげる 伴文子
その母と共に為したる配色かひざ掛けは黄系の光りあたたか 圭木令子
海老・蕎麦のアレルギーもち袋菓子の表示を孫は読むを常とす 川原文子
明石より持て来し石の白き石は水盤に沈めば遠き海騒 八代巴
少年の描きし「人魚」なる絵にて一尾の鮭に手と足たくまし 中里茉莉子
驚きはそのまま詩なりほらごらん(調整池にヨシノリがいた) 高橋禮子
これの世に詫びたきことの多かれど言はずに生きむ風車よ回れ 大上喜多子
踏みつける肉食恐竜ほねと化し一生終えゆくわれの足下に 松坂かね子
うぶ毛もつキウイに今朝は霜降りぬ収穫急がむ三十余り 中嶋千恵子
病院の「魔の時刻」なりや消灯に冴えくる想念【おもひ】の千々にみだるる 伊東ふみ子
連休を「いのちの電話」にうち過ぐすアンパンマンのようなわが友 曽我玲子
メタセコイアの和名は美【は】しき曙杉まこと明けゆく空の色調 川口二三子
帰省せる娘【こ】はゆったりと同じ話くりかえし聴く母の笑む顔 村田夫紀子
視力おちて霞む視界をパステルに描き慰む朝もやの景 須永貞子
いずこともなく匂いくる金木犀回覧板持ちて立ち尽くしたる 山田あるひ
あきもせずくり返し書く定型の歌は念仏きのうと同じ 大平勇次
注目は自動車にあらずショーガール写す人らはみな若からぬ 川住素子
迷惑をかけぬと言ひて老母は宝くじ二枚を取り出だすかな 岩佐恒子
新聞紙にワイパーのごと動いてる猫のしっぽをそっと握りぬ 今川篤子
素適なる虹に送られ逝つたといふみんなで空を見上げしと言ふ 豊田麗子
<まひる野集>
しろがねの硬貨に女神刻まれて盛り上がりたる胸もとなぞる 加藤孝男
蹲るわたしのようなゴミ袋さあと声かけ一輪車に乗す 市川正子
ちつぽけな存在なれどスプレー缶穴あくきはにひと声あぐる 竹谷ひろこ
書きなづむ催促状のその上に音立てて落つ蚊がよろぼひて 寺田陽子
活用形分からないままみぞれする薄暮の中を一人返しぬ 麻生由美
けいけいと眼ひかりて飛びたてり鴉は鴨のパン屑さらひ 小野昌子
夫ありてシャツにアイロンかけてをり夢と知りつつ力が入る 植木節子
海面よりふとぶととたつ朝の虹間なくうすれて青のみ残る 松浦美智子
この店を照らすがごとし特売のレッテルつけて置ける品品は 中道善幸
巡礼のはてに着きたるホスピスにひとらは浸るや生の余韻に 升田隆雄
行先の合はざるバスにバス停の老女思はず後退りせり 久我久美子
わが父は隠れ巨人ファンなれ黙【もだ】して見をり野球のニュース 柴田仁美
腰かがめ白菜の葉を指さきに幾重もひろげ虫さがしおり 岡部克彦