〈作品Ⅰ〉
これはしたり美人女優に見とれゐて飲み薬ならぬを飲みてしまへり 橋本喜典
つかのまに庭昏れむとし濁れるが冴えかへりくる山茶花の白 篠弘
蛇舅母【かなちょろ】はやぶ蚊を食うらしわが庭にかなちょろ増えてやぶ蚊少なし 小林峯夫
木犀の香り初めたる夜届く訃報はいつも唐突なれど 大下一真
うちつけに冷えまさりくる霜月をひとり桜井センリは逝きぬ 島田修三
うれひなきこゑの鳶【とんび】を校庭の真中まで来て振り仰ぐかな 柳宣宏
黄泉よりも地の底なりと思ひつつ大江戸線の駅へおりゆく 三浦槙子
映画観て遊び溜めする意識下にやがて受くべき役職がある 井野佐登
子の去りし部屋に白々残りたるタミヤ模型のシンナー小瓶 柴田典昭
葡萄棚に葡萄しずかに熟れてゆく夜の談笑はてなきごとし 今井恵子
しょうもない話に歪むわれなるに夜の硝子は微笑みて映す 曽我玲子
〈まひる野集〉
羊の毛は羊の気性を出でざるか反古紙にあまた渇筆を引く 市川正子
オランウータン飼育係は小躍りすおのが仕草を真似らるる時 竹谷ひろこ
墓を移す経唱へつつ若き僧骨壺に沁みし水をこぼせり 植木節子
聞き上手な京都の雨にさそわれて嵯峨野の竹林浮くがに歩む 島田裕子
水清きに育つ倖せ知るはまだまだ先ならむ先まで生きよ 小野昌子
東山の抜け道に沿いくちなわのくねりて乾く骸【むくろ】のすごさ 高橋啓介
うつうつと不調におれば潜水艦が来てると夫がベランダに呼ぶ 松浦美智子
若き日の中国大陸の行軍を語らず父は惚けてゆかむ 岡本勝
一分の瞬時にこなす仕事量昨日より多く挑む楽しさ 中道善幸
急ぎ来てトイレに入るうちの猫こころゆくまで砂をかけおり 岡部克彦
歌を詠むソフトといふもそのうちに出づる日あるや懐手して 升田隆雄
お隣りの垣根に近きこの窓をこの季節のみ開け放ちたり 柴田仁美
けんけんぱ、ぱつと開いた両足の力は地球と五分五分だった 久我久美子
オホーツク海の寒【かん】きわまれば一枚の凍る海なりお経一巻 吾孫子隆
これはしたり美人女優に見とれゐて飲み薬ならぬを飲みてしまへり 橋本喜典
つかのまに庭昏れむとし濁れるが冴えかへりくる山茶花の白 篠弘
蛇舅母【かなちょろ】はやぶ蚊を食うらしわが庭にかなちょろ増えてやぶ蚊少なし 小林峯夫
木犀の香り初めたる夜届く訃報はいつも唐突なれど 大下一真
うちつけに冷えまさりくる霜月をひとり桜井センリは逝きぬ 島田修三
うれひなきこゑの鳶【とんび】を校庭の真中まで来て振り仰ぐかな 柳宣宏
黄泉よりも地の底なりと思ひつつ大江戸線の駅へおりゆく 三浦槙子
映画観て遊び溜めする意識下にやがて受くべき役職がある 井野佐登
子の去りし部屋に白々残りたるタミヤ模型のシンナー小瓶 柴田典昭
葡萄棚に葡萄しずかに熟れてゆく夜の談笑はてなきごとし 今井恵子
しょうもない話に歪むわれなるに夜の硝子は微笑みて映す 曽我玲子
〈まひる野集〉
羊の毛は羊の気性を出でざるか反古紙にあまた渇筆を引く 市川正子
オランウータン飼育係は小躍りすおのが仕草を真似らるる時 竹谷ひろこ
墓を移す経唱へつつ若き僧骨壺に沁みし水をこぼせり 植木節子
聞き上手な京都の雨にさそわれて嵯峨野の竹林浮くがに歩む 島田裕子
水清きに育つ倖せ知るはまだまだ先ならむ先まで生きよ 小野昌子
東山の抜け道に沿いくちなわのくねりて乾く骸【むくろ】のすごさ 高橋啓介
うつうつと不調におれば潜水艦が来てると夫がベランダに呼ぶ 松浦美智子
若き日の中国大陸の行軍を語らず父は惚けてゆかむ 岡本勝
一分の瞬時にこなす仕事量昨日より多く挑む楽しさ 中道善幸
急ぎ来てトイレに入るうちの猫こころゆくまで砂をかけおり 岡部克彦
歌を詠むソフトといふもそのうちに出づる日あるや懐手して 升田隆雄
お隣りの垣根に近きこの窓をこの季節のみ開け放ちたり 柴田仁美
けんけんぱ、ぱつと開いた両足の力は地球と五分五分だった 久我久美子
オホーツク海の寒【かん】きわまれば一枚の凍る海なりお経一巻 吾孫子隆