<作品Ⅰ>


パソコンは光を呼ばずぬばたまの闇に途方に暮れてゐるわれ   橋本喜典


花を踏む素足の白をきはだたすクリムトの眼は眩しかりしか   篠弘


ひとを助け降誕に遅れし四人目の博士主役の小さき劇あり   関とも


転びたる原因【わけ】がまったく分からない おそろしきものわれに迫るか   小林峯夫


月光に何が光ると手を伸べて裡より落ちし刃と気付きたり   大下一真


逝きたれば若松孝二のおもかげの酒席にどしりと動かざるなり   島田修三


あのときに斬り合ひならば死んでゐたはづみで茶筅をとつたあの時   柳宣宏


わが物は棄てよと子らに言へるのに親の遺愛の品にはまどふ   三浦槙子


巣立ちたる姉弟の自転車は錆びずサドルの罅割れ進む   柴田典昭


あかときの駱駝の背中に揺れたりとサハラ砂漠の砂をとりだす   今井恵子


異母弟を呼ぶがにややためらいて呟きてみる六ヶ所村と   曽我玲子


<まひる野集>


青々とひろがる島の水城を守りきりたるのちにあるもの   加藤孝男


夢の中にてキーボード打ちつづけ朝のひかりに茫然とする   広坂早苗


いつわれは踏み切り跳びしことありや助走に終る一世と思う   市川正子


山鳩色の帽子かむれる友の来てくぐもるこゑに幼な名を呼ぶ   植木節子


いつになく電話は切らず老人用ホームを勧むる声の沁みくる   斎川陽子


三・一一の揺れの最中にすでにして母の逝けるをよしと思いき   齊藤貴美子


ししゅんきを越えゆかんとする青年の部屋に入るときよぎる羞しさ   高橋啓介


残りゐる文語はここにありしかと校歌に聴き入る雲は湧く空   升田隆雄


スリットのふわりと揺れてひかがみが光る歩道を撥ね返しゐる   柴田仁美