<まひる野集>
人生に三度結婚せしことを羨【とも】しとも思ふ空穂、白秋   加藤孝男

空豆の青実のような女童を片手にいだき息子入りくる   市川正子

ゴンチャロフの色とりどりの粒ゼリー卓上に並ぶ春の歌会   岡本勝

さらさらと水掻くさまに橅の葉は漣たつる朝のひかりに   植木節子

朝日さす窓の真下に仰向けに羽を広げて倒れてゐます   麻生由美

今俺の耳をかじって甘やかな眠りの淵に沈んでゆくのか   高橋啓介

妻おらぬこの二日間おろおろとわれに付き来るわが家の猫は   岡部克彦

小松菜の根元おとせる切り口の薔薇に見えしが今日のよろこび   柴田仁美

<マチエール>
深大寺のお土産として永遠の妖怪少年まんじゅうとなり   後藤由紀恵

きぬさやのさやの響きを愉しみて湯より上げれば湯気たつわが子   富田睦子

カラオケで「演奏中止」ボタン押すアアアアアアと叫ばぬために   染野太朗

ネコビトという生き物がいたとして戸籍があれば結婚したい   山川藍

のちのちに思い出ずべき時に今いることつらくてあたりを見回す   加藤陽平

持ち上げて瓶うち振ればたおたおと宇宙波立つたのしきものを   米倉歩

給食のデザート先に食べる子をゆるせぬ息子はわれの子なりき   木部海帆

ヤマボウシの花の陰なる古家の光源のひとつひとつとして猫がいる   佐藤華保理

夕暮れに溶け出してゆく三色の未完成なる虹といもうと   小瀬川喜井

見下ろせば代々木公園の森はうねりざわざわと波のようにこみあげる   宮田知子

十歳で『舟を編む』など読んだよと辞書すら引けない少女の自慢   倉田政美

主電源のみを残した休日の厨のあちこち蓋のころがる   荒川梢

不採用通知とともに届きたる招待状は白くほほえむ   稲本安恵

「キスマーク?」聞かれてとまどう首の痣外れた突きの竹刀の跡よ   小原和