5月号の作品②

<十七人集>

けふは何を食べただろうか置いて来し猫に侘びつつ寒鰤を焼く   鈴木美佐子

調教をされたイルカは仲間から嫌はれてゐると来はわれに言ふ   大野景子

学生に混じりて階段教室に夫の最後の講義聴きおり   岡本弘子

ああ吾で良かつたと思ふうかららの誰かれでなく吾がんになる   鹿野美代子

流さるる雪の塊うき沈みゆっくり水にもどりゆくらし   齊藤淑子

寄り添へば母の体臭かなしかり胃瘻處置にて木乃伊と化して   高橋和弘

わが眼窩の輪郭ゆびでなぞる夜やっぱり俺はどくろに過ぎぬ   西一村


<作品Ⅱ>

明らかに後期高齢者生え残る自前の前歯をブラシに撫づる   多々井克昌

キッチンの床に一筋虹が這う春の光の薄き七色   岡田貴美子

一兵卒父よ逃げろ、軍馬に鞭を血を噴く軍馬の群を逃げろ   中沢隆

雑巾を絞りしごとき腕の皺しみじみ見入る絶食八日目   櫻井つね子

新雪を踏むたびきゅっきゅっと音のする長靴の裏を覗き込む幼   南部晴美

右手【めで】が主で左手【ゆんで】は常に支え役時折右手【めで】は左手を撫づ   藤本美穂子

<五月集>

廃炉への工程表に小学生がこれはぼくらがするんだねという   瀧澤美智子

きみからの退職ねがひの封筒の筆跡を見る如月の朝   小嶋喜久代

寂しさの極まりたれば戯れに四股踏むと言ふ残されし人   久我久美子

<作品Ⅲ>
いも虫と娘に言われたる我が指の丸きを広げ朝陽にかざす   小澤光子

その男の悪口の歌詠み継ぎてストレス解消するは寂しも    菊池徳夫

白菊を見ずに浮かべてただもだす今度生れる時はしあわせにね   阪上茂子

「また来るね」と母のベッドに近寄ればしわ深き手がバイバイをする    岩岡正子

「なんだか心が折れたみたいで」「レントゲンを撮ってみましょう」   岩澤道夫

眺めては独りものなど読んでいたし色なき室【へや】に紅さす軸を   井出博子