<まひる野集>

『羅生門』『山月記』みな若者の作と気づけり教科書閉じて  広坂早苗

髭のなき猫のようなりけじめなく昼のテレビの前に過ごして   市川正子

天牛(かみきりむし】と記すふりがな小さくて辿るルーペの中に蠢く   植木節子

月の面(も)を雲は流れて奔るはしる夜鳥のやうな魂(たま)もありけむ   麻生由美

潮走る伊良湖沖ゆくタンカーの止まるがに見ゆ青きまひるま   升田隆雄

「きみまろ」の漫談聞きて笑ふ夫いつの間にやら泣き笑ひなり   柴田仁美

<マチエール>

母を呼び子を呼ぶように啼く鳥の姿の見えぬ馬橋公園   後藤由紀恵

丘に立てば地球に生えた一本の剛毛として風になびけり   米倉歩

コノヒトハダレダッタカと眠る子へ布団をかけてしばらく見ており   富田睦子

あかときの雨としならむ海に落ちて鰓から鰓へ渡りてゆかむ   染野太朗

子の茶碗手よりこぼれて変わらざる愛の印のような初雪   小瀬川喜井

祖母がいて、大人になれば美人だと言ってくれてた二十四歳(にじゅうし)のころ   山川藍

八海山お布施とともに賜ればやわらかくなるわれの声帯   大谷宥秀

長針に触れられぬよう走りたりガラスの靴を磨り減らしつつ   稲本安恵

しょうがないだってわたしは不幸だもん殴って可燃ゴミに捨てたれ   川嶋早苗

ヨーグルトの銀紙取りて匙持ちてまず平面を滅ぼさんとす   加藤陽平

あれは雲でなく海だったものたちよ振り上げた手に啼くクラクション   荒川梢

財布には二十円しかないけれどポニーテールがよく似合います   倉田政美

太陽に急かされて起き朝食をバババッと食べて自転車に乗る   小原和