<作品Ⅰ>


「戦後」とふ言葉薄れこののちは「大震災後」に替りてゆかむ   橋本喜典

栗の木のいがは太れり縄文のひとらは棲みき丘のなぞへに   篠弘

部下怒鳴ること一度とてなかりしを激怒し叫(おら)ぶ夢に覚めたり   小林峯夫

還暦を過ぎて思えば早口に喋りて出世せし人もあらぬ   大下一真

冷や奴に茗荷と分葱と紫蘇散らし今日の歓び此処にきはまる   島田修三

釣竿から伸びたる糸のきらきらと釣れない時間が青くかがやく   柳宣宏

あめんぼはイエスのごとも水の上歩きて長き脚元気なり   三浦槙子

聞きとれぬままに四人で居眠りてマクベスを観たことにしておく   八木八重子

子供らは丼にせよとたしなむるお婆ゐたりき鰻屋つるや   柴田典昭

みちびかれ腰掛けたればあかあかと消火器ありて目前に迫る   今井恵子

家中の硝子戸なべてあけ放つ迷えるつばくら鴨居におりて   曽我玲子