<作品Ⅰ>
眠られぬ夜を眼の冴えてこの国に責負ふ人らのねむりを思う 橋本喜典
一瞬を走り抜くるに作り付けの書架からは本なだれては来ず 篠弘
「買いだめは敵」なる標語生きてわが再び聞くと思いみざりき 小林峯夫
波と呼ぶ人間の語の貧しさよ鋼(はがね)が山なし人を襲いし 大下一真
三月を四月を如何にか遣りたりし覚えず遥けく遠州灘見ゆ 島田修三
炎昼の坂をのぼれる少年の速度は落ちず肩鞄提げて 柳宣宏
ひんやりと雨期が来ており一人きりの亡き妹のけふは誕生日 三浦槙子
いわれなき後ろめたさに身を起こし明かりを点す人を待つため 今井恵子
<まひる野集>
風の日の青葉かえるで初夏の陽を平手に打ちて飛びゆかんとす 広坂早苗
照り翳るなんじゃもんじゃの白き花酸素を吸いて眺めいし夫 市川正子
いつよりか息子のことを「パパ」と呼びてゐたりき俺はもとパパ 升田隆雄
地の底を二百尋ほど潜りきて出でにしものぞこの片岩は 麻生由美