作品Ⅰ


事なきを無事といふなり「世はすべて事もなし」とふ詩は「夢」ならむ 橋本喜典

灯の消えて夜闇にビルの溶け込める西新宿に鳥はうたはず 篠弘

大根のにおいは好かぬがおでんなら温かければ結構食える   小林峯夫

梅咲かせまんさく咲かせ如月の神は二日も早く隠居す   大下一真

ひむがしの朝空のはたて御嶽の蒼き総身は横たはるなり   島田修三

大量の蕗の大葉が一面に波打てり他人(ひと)の庭のことながら   柳宣宏

はじめから見えていたような結論に促されつつ拍手は起こる   今井恵子

ひりひりと赤く弾ける梅桐花(とべら)の実父になれざる子を思いいる   曽我玲子

夫はおいしいと言うその味が私には少しなじめない今日の夕食   加藤須磨子