母はギャンブル依存症。
当時はまだ子どももパチンコ屋に一緒に入れた時代。
幼い私は朝から夕方までずっと母とパチンコ屋。
お年玉は全て母のパチンコ代。
父が出張の日は母はパチンコへ行ってそのまま次の日まで帰らず。連絡つかず。
小学生の私と兄は母の妹に電話して家に来てもらっていた。
母は家の貯金も全て使い果たし。
家にある売れるものは全て質屋へ。
父が何度買い戻してもまたすぐ質屋へ。
ギャンブルに負けては台所で家にあるだけのお酒を飲み自分は不幸だアピール。
きっと父は私達のためにギリギリまで我慢したんだと思う。
そして私達の為に決断してくれたんだと思う。
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