六波羅蜜多の分析 『大乗荘厳経論』「度摂品」第十七
『大乗荘厳経論』「度摂品」第十七を、早島 理先生の「『六波羅蜜』考―MSAⅩⅥ章を中心に―」において取り上げられているところを中心に少々読んでみます。
「度摂品」第十七は、波羅蜜(pāramitā 波羅蜜多)に関する十の主題をもって解説しています。それは、1)数(saṃkhyā)の分析(制数)、2)その特質(lakṣaṇa 顕相)、3)順序(ānupūrvī 次第 anukrama)、4)語義解釈(nirukti 釈名nirvacana)、5)修習功徳(abhyāsaguṇa 修習 bhāvanā)、6)分析・区別(prabheda 差別)、7)[諸行法を六波羅蜜によって]まとめること(saṃgrahaṇa 摂行)、8)所対治(vipakṣa 治障)、9)功徳(guṇa)、10)相互の決定(anyonya-viniścaya 互顕)です。なお「度摂品」の度は六波羅蜜、摂は四摂事(布施、愛語、利行、同利[samānārthatā 同時とも])のことです。
まず、第一の主題である「数」とは、なぜ波羅蜜は六つであるのか、なぜ六つで十分であるのか、ということです。
自利の三事を摂せんがための故に。一には増進、二には不染、三には不倒なり。はじめの四波羅蜜は(増進であり)一には資生の成就、布施に由るが故なり。二には自身の成就、持戒に由るが故なり。三には眷属の成就、忍辱に由りて忍辱を行ずれば多く人の愛するが故なり。四には発起の成就、精進に由りて一切の事業は此れに因果りて成ずるが故なり。第五の禅波羅蜜は能く煩悩して不染ならしむ、煩悩を析伏するは此の力に由るが故なり。第六の般若波羅蜜は業(karma.波羅蜜の働き)をして不顚倒ならしむ、一切の所作を如実に知るが故なり。(ad. ⅩⅥ-2)
利他の三事を摂せんがための故に。一には彼に施す、二には悩まさず、三には彼の悩みを忍ぶ。自利の三事を摂せんがための故に。一には有因、精進に依るに由るが故なり。二には心住、心の定まらざるを定めしむるに由るが故なり。三には解脱、心已に定まりて、解脱せしむるに由るが故なり。(ad. ⅩⅥ-3)
利他の六事を摂せんがための故に。菩薩は六波羅蜜を行ずる時、その次第の如く、彼の受用に於いて乏しからざらしむるが故に、彼を悩まさざるが故に、彼の悩みを忍ぶが故に(前述の利他の三事にほぼ同じ)、彼の所作を助けて退かざらしむるが故に、神通力を以って帰向せしむるが故に、善説の法を以って彼の疑を断ずるが故なり。(ad. ⅩⅥ-4)
自利、自利・利他、そして利他のために必要で充分な行いが六つの波羅蜜に摂せられるから、というのです。そして、次のようにあります。
菩薩は是の如く利他は即ち是れ自利にして、他の所作を即ち自の所作を為す。この因縁に由りて大菩提を得るが故なり。
三学と六波羅蜜の関係は次のようにまとめられます。
戒学 布施、持戒、忍辱波羅蜜
定学 禅定波羅蜜
慧学 般若波羅蜜
※精進波羅蜜は三学に通じます。「一切の三学は精進を伴と爲すに由るが故なり。」(ad. ⅩⅥ-7)
六波羅蜜は、それぞれ、慳貪、破戒、瞋恚、懈怠、乱心、愚痴に対する適切な対処方法(vipakṣa. 所対治の断滅 vipakṣa-hīna)となります。(ad. ⅩⅥ-8~13)
六波羅蜜は、「前後」(前のものから後のものが生じる)とあり、波羅蜜は必然的に(「上下」、「麁細」)、布施、持戒、忍辱、精進、禅定、般若の順序で説かれるのですが(ⅩⅥ-14. したがって、般若波羅蜜は最優位、最重要視されるのですが)、波羅蜜は、波羅蜜相互間の関連性をまって完成する、と説かれることは注意すべきです。たとえば布施に関しては、
無畏施は戒と忍との二度を摂し、法施は定と智(= 般若)との二度を摂し、(ad. ⅩⅥ-71)
とあり、精進波羅蜜は双方に関与します。また大乗戒は三聚浄戒、すなわち、摂律儀戒(saṃvara- śīla 不殺生など、すべての悪しき行いを防止すること)、摂善法戒(kuśala-dharma-saṃgrāhaka-śīla 悟りへむけて六波羅蜜などの善法を実践すること)摂衆生戒(sattvārtha-kriyā- śīla 衆生のために利益を作すこと、利他行を実践すること)として六波羅蜜を摂しています。したがって、布施、持戒が波羅蜜として完全に実践されると、それは同時に他の五波羅蜜の完成をも意味するのです。
第九の主題である功徳(guṇa)に関連して、般若波羅蜜の功徳、とくにその利他の功徳が無尽であることについて以下のように説かれています。
前の五波羅蜜は無分別智を以って摂する(= 無分別智・般若波羅蜜に包摂され根拠づけられている)が故に、乃ち無余涅槃に至るまで功徳無尽なり、般若波羅蜜は大悲を以って摂するが故に、恒に衆生を捨てざる功徳無尽なり。(ad. ⅩⅥ-41)
最後に加えて、波羅蜜は六つ以上に、十波羅蜜として数えられる場合もあります。方便・願・力・智の四つを数えます。それについては、次のように説明されます。
波羅蜜[の数]は実質は6であるが、名目上は10である。[方便等の]四波羅蜜は[第六]般若波羅蜜から顕出したものであるから。その般若波羅蜜は出世間無分別智である。(中略)他方、方便・願・力・智の[四]波羅蜜は後得[清浄]世間智である」(Sthiramatiの釈)
波羅蜜の実践は、自利、自利・利他、そして利他へと展開するもののようです。自利行であった波羅蜜がそのまま利他行に転換し始めるのは、無分別智の体得が契機となるのです。四摂事については、機会をあらためます。早島 理先生の御論文を参照させていただきました。ありがとうございます。(なお、本文中に誤りがあるとすれば、私の不勉強でありますことはもちろんのことです。)