先の「蓮華と呼ばれる華 その色合いもいろいろ」(2024-12-01)において、『大日経疏』巻第十五における記述をご紹介できました。その記述では、蓮華と呼ばれる華として五種類、すなわちpadma、utpala、kumuda、nilotpala、puṇḍarīkaが挙げられ、その色合い、特徴について記述されていました。そして参考になればと思って、ネット上で見つけた画像をpadmaの例として添付しておきました。でもそれが本当にpadmaなのか、吟味せずの所業でありました(申し訳ありません)。すなわち画像を見る限り、それはではなく、睡蓮のように見えるからなのです。そこでここでは、杉本瑞帆さま「仏教説話からみた蓮華座の成立と展開」という学位請求論文からその第一章「仏教経典中の蓮華の分類認識」を参照させていただき、蓮華(蓮・ハナナス)の植物学的分類について、より正確な知識を得ておきたいと考えています。

 

まず筆者の関心あるところとして、成道後のお釈迦さまが、梵天の勧請(懇請)をうけて、法を説くことを決意するに至るまでの「世間観察」と呼ばれる記述を『律蔵』「大品」より、紹介しておきます。

 

そのとき世尊は、ブラフマー神(梵天)の懇請を知ると、ひとびと(有情)に対する悲心により、悟れる者のまなこ(仏眼)をもって世間を観察した。じつに世尊は、悟れる者の眼をもって世間を観察しながら、ひとびとには汚れの少ない者と汚れの多い者、利根の者と鈍根の者、善い姿の者と醜い姿の者、教えやすい者と教えにくい者がいて、さらにまたある者たちは来世での罪の恐れを見ながら暮らしているのを見た。

たとえば、青蓮の池・紅蓮の池・白蓮の池において、ある青蓮・紅蓮・白蓮は、水中に生じ、水中に成長し、水面に出ず、水中に沈んで繁茂し、ある青蓮・紅蓮・白蓮は、水中に生じ、水中に成長し、水面に達し、ある青蓮・紅蓮・白蓮は、水中に生じ、水中に成長し、水面から上に出て立ち、水に汚されない

まさにそのように世尊は、悟れる者の眼をもって世間を観察しながら、(以下、説法決意の宣言を述べる記述となります。)

 

『律蔵』「大品」の翻訳については、

斎藤 明「『般若心経』とアヴァローキテーシュヴァラ(観自在)」『東洋の思想と宗教』第36号 2019

宮元啓一『仏教 かく始まりき』春秋社2005

を参照いたしました。

 

青蓮・紅蓮・白蓮と訳された原語(パーリ語)はuppala、paduma、puṇḍarīkaとあります。そして「水に汚されない」(anupalittāni udakena)とあるように、蓮華が水に汚されない(水に濡れない)ことが、善悪・世間・欲望に汚されない人々、とくにここでは「来世での罪の恐れ(paralokavijjabhaya)を見ながら暮らしている」ある者たちをたとえて用いられているということです。さてこれらの蓮華(補:筆者の表現では、蓮)は蓮(補:同じく、蓮華)なのでしょうか、睡蓮なのでしょうか。そこで、杉本瑞帆氏の論文を参照しましょう。

 

仏教経典に現れる蓮(補:筆者の表現では、蓮華)についての植物的分類は、次のように確定できる、として以下の記述があります。

 

ウトパラ(Pā. uppala, Skt. utpala, Chin.優鉢羅など)Nymphæa Cærulea, Nymphæa  Stellata Willd 青蓮華、青睡蓮

パドマ(Pā. paduma, Skt. padma, Chin.波頭摩など)Nelumbium Speciousm, Nelumbo Nucifera Gærth 白蓮華、赤蓮華、紅蓮華

プンダリーカ(Pā./Skt. pundarīka, Chin.分陀利など)白蓮華

クムダ(Pā./Skt. kumuda, Chin.  拘勿頭など)Nympæa esculenta, Nymphæa rubra 白睡蓮、白蓮華、黄蓮華

ソーガンディカ(Pā. sogandhika, Skt. saugandhika, Chin.須乾提華など)白または青の睡蓮 

 

これを、私たちにとって既知である『大日経疏』巻第十五における記述と照合してみると多少の不一致もあるのですが、いくつかの、納得、すっきりとしたことがあります。それは、まずウトパラとクムダがそうであるように、蓮華と呼ばれる華には、蓮と睡蓮が混在しているということ。パドマには白、赤、紅の色合いがあるのですが、概ね、蓮であること。プンダリーカもやはり白い蓮(白蓮華)でした。そしてソーガンディカは『大日経疏』では「泥盧鉢羅(nilotpala)」に似て、小さき花「蘇健他迦花」であること、などが判明しました。

 

では先の投稿で添付した画像は、赤い睡蓮のようでありますので、蓮である

padamではないことになります。(重ねて、申し訳ありませんでした)。パドマの画像はないのですか、というお声が聞こえてきそうです。そこで、学名のNelumbium Speciousm, Nelumbo Nucifera Gærthで検索したところ、次のようなお姿が見えました。(Wikipediaハス を参照)

 

ヤマモガシ目Proteale ハス科 Nelumbonaceae ハス属 Nelumbo ハスN. nucifera

 

結局、パドマとは私たちのよく知っている蓮のこと!。では、プンダリーカとはどんな姿の蓮!!。プンダリーカは実在する華なのでしょうか!!!。これはhrdayaをより正しく理解するためにも必要な課題でもあると私などは考えるのですが、容易に答えることはできません。さらに調べを進めてみます。