「中に入ってもいい?」
「はい、もちろん」
部屋の中に入ってもいいかと尋ねられているのは、十分承知しているつもりだ。しかしこの耳は都合のいいように聞き違えようとしている。
「ラッド様ならいつでもどうぞ…。でもアレクシア様が邸内にいるのに大丈夫ですか? 」
気付いているのか気付いていないのかラッドの口元は緩んでいる。
「お姫様が神父に誘拐されたのに…いけない執事だ」
「ローズなら絶対何とかして帰ってきますよ。あなたにはリングランド警察もついているんじゃないですか? 」
ラッドを引きずり込むように部屋に招き入れると、ネクタイを解いた。
ラッドの婚約にはハロルドも大分と参っていた。世の中で一番ノーマルとは真逆の恋愛観を持っているこの紳士があっさりと結婚を決めるとは…。こんなことがリングランドの社交界に知れ渡ったら数えきれない紳士淑女が卒倒することだろう。
「不謹慎かもしれないけど、ローズの失踪よりも俺にとってはあなたの結婚のがショックです」
ラッドは静かに見つめ返した。
「結婚は今しなくても、いつか必ずするよ」
「わかってます…」
「わかってないね。僕は昔からこのまま変わらない…これが僕だ」
ラッドの手がハロルドの頬に触れた瞬間、ビリビリと電流がハロルドの背を駆け巡っていく。もう何年も一緒にいるし、これからもずっと傍にいるのに、嫉妬がスパイスとなってハロルドの心に平安は永遠に訪れそうにもなかった。
ラッドはいい。
美しい恋人たちと理解のある美しい妻がいて、花を愛でるように気の向くままにその心を傾ける、ただそれだけで男たちや女たちを喜ばせる。
その甘美な誘惑が余りにも魅力的過ぎるから、ラッドとの一瞬に永遠の瞬間を囚われてしまうのだ。
一瞬以外はとても寂しい。
今にのめり込みたいのに、次は一体いつになるのだろうと心はいつもここに無い。
しかしハロルドは押し寄せる快楽にしっかりと溺れた。
分厚い壁に覆われているにも関わらず、通り過ぎるメイド達が振り返って赤面するほどハロルドの叫び声は廊下に響いていた。
「僕はこんなことをするために君の部屋に来たのでは無かったのだが…」
そういいながらもラッドは幸福そうな顔をしている。
「あまりにも魅力的な執事の誘惑には断れないな」
白いシャツもシーツも深い皺が刻まれていた。
窓辺に腰かけてキスをする。それはハロルドの仕掛けた無言の罠でもあった。
庭園にはまだシドとアレクシアがいた。
カーテンの隙間から、庭園で顔を寄せあうシドとアレクシアの仲睦まじい姿がラッドにも見えていた筈である。わざと見えるように仕向けたのだ。
ラッドはわずかに顔を歪めたような気がしたが、よくわからなかった。ただこの日のラッドのキスはいつにもまして甘美であった。
ローズが不在中であるにも関わらず、クロムウェル家は普段と変わらない感じに乱れていた。
続く
