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下記は当時は行っていた心臓の会(仮名)での冊子での文章です。
『人生の途中で心臓疾患になった人へ』
<ひとりで戦う辛さを、乗り越えてください>
幼き命が、一生懸命に生きようと頑張っている。お母さんたちの願いは、幼子の健康のことだけ。まるで、自分の命さえも捧げてしまうかのようだ。私はその愛に打たれ、幼き命をこの手で抱き締めたくなる…。
『心臓の会』(心臓の会の月報)を読み、濁った両目を涙で洗い流していたのは、いつまでだったか…。
2年前に「移植しなければ死んでしまう病気ですっ!!」と、なんの前触れもなく告げられ、難病ゆえ医師の適格な判断も仰げず、スポ-ツ、仕事、食事、旅行などを禁止され、歯医者にも行けず、鬱々と人生を消化している40歳、独身の男性です。
仕事はコピ-ライタ-。広告の文章を作るのが仕事です。広告業界は皆さんの想像をはるかに越えた悲惨な世界です。残業手当、休日出勤手当、ボ-ナスなどはないのが当たり前。お茶当番、掃除、接待、雑用…なんでもこなし、実力だけで登りつめていく仕事です。
幸い、私は多少の才能と無茶な努力で、いくつかの賞をもらいそれなりの地位とお金を得ました。
しかし、私には強いトラウマがあり、結婚しません(できません)でした。その孤独感から来るストレスとバブル崩壊による広告業界の破滅、管理職も兼ねた忙しさから、酒に溺れはじめました。家には帰ら(れ)ず、朝4時(!)カプセルホテルに飛び込む生活が続き、ついに突発性拡張型心筋症を宣言されたのです。
しかし、私にショックはありませんでした。それより、これで広告業界から逃げ出せ、「なんで結婚しないの」と怪しまれることもなく、どうせ平成不況だと居直って生きていけるのです。1年間はゆったりとできました。でも、40歳の独身男性に友人はいません。
みんな平日は働いており、休日は寝ているか、家族サ-ビスで忙しいのです。酒も呑めませんから、平日に会ってもしらけるだけ。父母はもう高齢者で、この親不孝の息子を救う手立てもありません。孤独は加速をつけて私を鬱状態に追い込んでいきました。
ですから、今、この『心臓の会』を読んでも苛立ちが生まれるだけなのです。生まれつきの障害者はこの会のように父母が中心となってある程度の支援は受けられます。私と同じ病気の子供たちはどんどんと外国で移植手術を受けています。じゃ、私はどうしたらいいのでしょう。孤独の叫びは誰にも伝わりません。誠に勝手ながら、今は自分のことで精一杯。この会の会費も払っていません(国民保険も市・県民税も払っていません、否、払えません)。
「国はなにもしてくれない…を前提にパソコンを始めよう」
現在、ハロ-ワ-クでは内的障害者に対する措置は一切ありません。身体障害者は基本的に突然死ぬことはありませんが、私たち内的障害者はなにが原因で死ぬかわかりません。この不況下、そんな人間を雇う会社はないのです。県でも市でもそう言われました。
「君は就職もできないし、国や県、市も君を救わない。自分で考えてください」
そう言われたのです。そして障害者手当は、心不全を起こし、寝たきりになるまではありません。さて、高齢者である父母の年金と少ない貯金を削って暮らしている私に未来はあるのでしょうか。
NO!…国や県、市、親、友人には頼れません。ひとりで頑張るしかないのです。
しかし、YES!…道具は、あります。私たちに神様はパソコンという大きな武器をくれました。身体障害者の方もこの武器を使い、様々な分野で活躍しています。心臓疾患により、幼い頃から行動範囲を狭まれていた子供たちにも、パソコンは夢をくれます。
言葉を連ね、メ-ルやチャットで自宅に居ながらにして友人と会話ができます。写真や絵を取り込んで、様々な芸術ができます。音楽もできます。見知らぬ人とサッカ-ゲ-ムもできます。
そして私たちの仕事の幅も広がりました。広告などのデザイナ-やコピ-ライタ-、ライタ-、小説家、オペレ-タ-、専門的なCADによる設計者、ゲ-ムの企画・プログラミングさえも可能です。
実際、メ-ルで知り合った同じ病気の友人もバチスタ手術を受けた後、デ-タベ-スを使った管理システムのプログラム作成や、ホ-ムペ-ジの作成、パソコンの家庭教師をして、いくらかの糧を得ています。私も今年から、FAX、ネットを使い、都会での無意味な打ち合わせに出ることなく、コピ-ライタ-の仕事を始めました。仕事を徐々に増やしていき、経済的に独立することが、今の私の目標です。
でも、あえて、言っておきます。パソコン分野の仕事はクリエィティブなものが多いだけに、凄まじいストレスを経験しなければなりません。納期、クオリティ、発想…すべてにおいてクライアントのOKを貰えなければ、お金にはなりません。そして、そこには残念ながら、健常者との差はありません。実力勝負です。そして、そのストレスは決して心臓にいいものではありません。
<本音はみんなと一緒に働きたい、遊びたい>
実際に社会に出てから心臓疾患になった人と、生まれつきの人とでは大きな差があります。それは、社会の中で働き、お金を稼ぐ幸せや辛さ、そして仕事仲間との連帯感を知ってしまった者の悲しみです。突然、社会から絶縁され友人もいなくなり「孤独」という苦しみを味わうことです。この原稿は人生の途中で、今までの人生をひっくり返された人を応援したくて自分をサンプルに書きました。
こんなはずじゃなかった人生…。その苦悩はひとりで抱えるものだけに、重く辛いものです。実際はパソコンなんか年とってやるものではありません。本当は無理してでも、満員電車に乗って、まずいコ-ヒ-を飲み、同僚たちと仕事がしたいのです。酒場で愚痴を吐きたいのです。でも、人生をリセットしてください。スペシャリストを目指して、頑張ってください。人生は差別なく、一度しかないのだから…。
先の友人は拡張型心筋症でバチスタ手術も受けた第1級の内的障害者です。でも、彼のメ-ルに「いただいた仕事に、依頼してくれた方に、まだ仕事できる体に、感謝しよう」とありました。インタ-ネットアドレスを掲載しておきます。今、心筋症に関して、一番頼れる大兄です。
やっと、マイナーブルース(´д`)
音の悪さはスマホのせいっす。
ビバップ香津美さん・・・my Pick
ジャズギタリストのパット・マルティーノさんが亡くなったらしい。
マルティーノさんと言うと、
「石のピック」「コルトレーンなシーツオブサウンド」「速弾き」だが、
若い頃はあまり好きじゃなかった。
でも、結構アルバムは持っていて、聴いてはいた。
・・・どちらかというとファッションに憧れていたなぁ(ヒッピー風な)。

酒薔薇といえばアルバム『イクジット』の一曲が有名だけど、
当時のおいらにはこのアルバムはフリーぽく聴こえていた(今は普通に聴こえる)。
好きだったのは『ウィール・ビー・トゥゲザー・アゲイン』。
このアルバムではバラードを静謐な雰囲気の中で弾いている。
ピッキングの確かさが心地よいのだ。ぜひ、聴いてね。
で、仕事でジャズは聴かなくなっての病気突入後、
初めてマルティーノさんが1976年に脳動静脈奇形(AVM)に脳動脈瘤で倒れたことを知る。
と同時にそこから復活!って、すごいなぁ。
それからはよく昔のやYouTubeを聴いたが、
マイナー・コンバージョンという理論でまた訳が分からなくなる(バカなんだな、おいら)w、
まぁマイナーペンタになんかの音を付属すると
色々弾けるということで解決(笑・・・違いますよ、本当は)。
最近はFBフレンドに教わった『Young Guns』がお気に入り^@^v
すごい人生だったけど、格好いいっす!合掌。





