つい散歩をしてしまう。

昼間することがないと、外に出なければいけないという危機感がじわじわとやってくる。まず昼間にすることがないことに危機感を覚えろやというようなことは言わないで。

とりあえず散歩することは、現在僕が最低限出来得る文化活動だ。なんかカッコよく言えたぞ。でも散歩をしていると心が軽くなりますね。ぎりぎりのところでひきこもりになることを回避できているそんな状況。ゆっくり抜け出していきたい。

 

そして今日の散歩では収穫がありました。とある場所を発見しまして。問い合わせてみていい感じのフィーリングだったらご報告します。

 

友人の意見は聞くが、他人の目を気にしないというのを今年の春の目標とします。

 

 

一日空いてしまったけど、書きなぐりますよ。

昨日は花見にちらりと寄ってから、友達の弾き語りin 居酒屋を観てきました。居酒屋という空間でライブって観たことないから、新鮮で良かった。

 

くさったりいじけたりすることが最近よくある。27になって自分が何者でもない気がして、端的に言えば迷走してる。いや、走ってもいないからいじけているだけだ。周りと比較して情けなくなっていじけているだけ。

 

居酒屋で友達と話していて、自分は欲深いからありとあらゆることをあきらめた方が楽になるんじゃないかというようなことを話した気がする。欲しがるからくやしいんだ。欲しがらず、今の状態と向き合おうと思う。そういったくやしさは時に大切だけど。今は要らないのかも。あきらめが肝心。

 

何かをして稼ぎたいのだけど、何を仕事にしたいのかわからない。働いてることを正義として振りかざしてくる奴は無視しよう。

 

考え込むな

 

 

お花見の求心力、見習いたい。

なぜこんなにも人々はお花見に魅せられるのだろうか。綺麗なさくらを見たいのか、誰かとお酒を飲みたいのか。そりゃ見たいし、飲みたいか。解決。

しかし、僕みたいな被害妄想つよめなやつにとっては、花見みたいな、陰と陽でいうと陽のイベントごと(イベントって大概陽な気がするけど)は、疎外感を(勝手に)感じてしまう。悪い癖だ。

しかし、このまま卑屈でいたら孤独死する危険性が出てくるので、明日はバンドマン界隈がやってる花見に顔出してみたいと思います。こわいこわい。

 

そのあと友達の弾き語りを観に行こうかと思います。

 

お金がないと行動が制限されてしまう。資本主義社会。