『寄せ鍋』
完成した寄せ鍋の中心に、一際目立つ物体が鎮座していた。
白くて四角い、人工物。豆腐だ。
豆腐はその柔らかさから、箸でとることを諦められた食材である。
しかしアキラの場合、その限りではなかった。
彼は鍋の具をお玉ですくう行為が女々しいと考えるタイプであり、
それは対象が豆腐であろうと例外ではない。
アキラは自身の箸使いの上手さに誇りを持っていた。
豆腐もきれいに取れた過去がある。
誤算があるとすれば、過去の成功は焼き豆腐、
そして今回は絹ごし豆腐だということだ。
「どれ、そろそろ頃合いかな?」
試合開始の合図だ。
アキラの箸がそっと、豆腐の両脇を包み込んだ。
が、繊細な箸使いもむなしく、絹ごし豆腐は真っ二つに切れてしまった。
「あの豆腐は大きすぎたのだ。これぐらいの方が具として適切だろう」
アキラは箸使いだけでなく、言い訳も得意であった。
もう一度挑戦するもあっけなく4分の1に。
「まだ大きかった。これぐらいの方が出汁が良い塩梅に染みるだろう」
8分の1。三度目の正直ならず。
「一口サイズの方が豆腐に手をつけやすいだろう」
16分の1。サイコロ大。
「マーボー豆腐はこれぐらいだろう」
32分の1。もはや細切れである。
「ぐぐ…ここまで手ごわい豆腐は初めてだ。仕方がない、お玉を使おう…」
アキラは敗北を認めたがその表情に悔しさはなく、
敵ながら天晴れと満足げであった。
