こんにちは
cpm養成講座生SAORIです
先日大ファンの方が来日していたので、張り切って観に行って来ました![]()
アリス様![]()
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張り切ってめっちゃ前の席
今回は、映像と音楽のコラボで、それぞれ聴衆の思い思いに没入するという体感型の回でした。
説明も言葉もない映像と音楽だけの世界に皆何を感じたのでしょうか。
彼女はクラシックの型にハマりつつも新しくて、繊細な感性で魅せてくれます。
そしてやっぱり美しかった![]()
まさかのサイン会があったのですが、この後用事もあるしという理由で帰りました。でも、よく考えたら参加しても間に合っていて、
今回だけではなく、私はいつも色々理由つけてチャンスを逃すパターンなので、修正しようと思いました。
いつか、後で、〜が揃ったらっていうのを辞めたい![]()
同じものを見ても、人それぞれ、感じること、思うことは違います。
ですので、同じ空間にいて、同じことを体験していても、全然違う感想になります。
それは人にも適応されて、同じAさんという人に対する評価•定義は人の数だけあります。
だとすると、人から聴いた、あの人は〇〇な人。というのも、あてにならないですよね![]()
でもそこで、「そうなんだ。あの人は〇〇なんだ」と決めつけるのはもったいない![]()
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思考は現実化していると考えると、自分の思考のまんまにその人は表れてくれます。
不思議なのですが、簡単に
父=ふざけてる
母=かわいそう
姉=怖い
私=おとなしい
だとすると(昔の私の定義です)
今私は自分におとなしいという思考を当てはめているだけで、私はふざけていて、かわいそうで、怖い人ということになります![]()
時に、私が怖い人になって、誰かに怖いと思われていたり、ふざけた人になったり、かわいそうになったりというイメージです。
全部で自分の思考です。
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100パーセント自分原因説で考えると、思考が先、現実があとと考えるので、
「お母さんはわかってくれない」と思うとすれば、どこかで、お母さんにわかってもらえなかったと感じた経験をして、
そう思い込んだので、どんどんわかってくれないと思う証拠を見つけたり、現実化させて経験したりして、その思い込みを強化して行ったということになります。
ややこしい![]()
自分の頭の中にあるものでしか物事を見れないので、お母さんがわかってくれない人なのであれば、自分が人を理解しない人なのかもしれません。
本当はお母さんはそうではないかもしれませんね。
お母さんに実体はなく、人の数だけ思うことは異なります。
今しかないと考えるので、過去だと思っていることは、今の思考。
今、お母さんはわかってくれないと感じるならば、自分がどこかでそういう人になってしまったり、またわかってくれないと思う現実を場面を変えて受け取ってしまいます。
本当にややこしい![]()
定義を変えるのは、お母さんは〇〇な人と新しい定義に変えて、そういう人だと思い込んで生活すると、変わってきます。
〇〇な人、という証拠を見つけたら、ほらね!とどんどん新しい思い込みを強化していくといいです![]()
そして、いらない定義は修正していくといいですね。お母さんに違う定義を当てはめても、修正しないと、もともと当てはめていた思考は、他の人に受け継がれるからです。
お母さんにそっくりな、わかってくれない人が現れます。
ここでいうと、わかってくれないのが嫌ならば、自分が人を理解するようにするとかです。
思い込んだ最初の場面も変えていきます![]()
推しのアリス様も、私の定義のまんまでした。
実は下手くそなのではとか、退屈だろうな〜とかいらないことを一切考えていし当てはめていなかったです。
私自身が修正をして様々な定義や現実が変わった話も少しずつ書いていきたいと思います。
本日も最後まで読んでいただき、ありがとうございました![]()

