生活感

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アラサー二児の母が貪欲に生きるブログ

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我が家には
片付けても片付けても
それが保たれることのない
「散らかり部屋」が2つある。

夫の部屋と子供の部屋である。





朝起きたら必ずやることといえば
全部屋の換気。

その一貫で
夫の部屋にも入るのだが、その際
ベッドの上の物が気になる。

ほとんど必ず
ゴミを散らかしている。

クリーニングから連れ帰った
シャツについている透明の袋とタグだ。


すぐ近くのゴミ箱に
入れればいいだけなのに…

なぜそれをしないんだろう。


朝の忙しさ。
気だるさ。
めんどくささ。

気持ちは、分かる。

私だって一度着た服を
「とりあえず」なんてそこら辺に
置くこともあるからな。

だがな。
片付けるのは私。
そのままにしとけばいいのかもしれない。
捨ててあげるのは過保護かもしれない。
でも!だって!
どんどん増えるんだもの…!

ちょっと移動して
ゴミ箱に捨てればいい。
それだけなのだよ。

片しとくのが過保護なのか。
片さず旦那がするのを待つのが
悪妻、鬼嫁なのか。

私は知らない。


最初の頃は

なぜ片付けない?(怒)
何度言えばわかる(怒)
なぜ私がやらなアカンのじゃ(怒)

なんて怒りが沸々とわいてきたが、


散らかっていても気にならないのか?
なぜわざわざそこに置くんだ?
毎度でなくとも、私にやんや言われる。それの方が、「ゴミはゴミ箱へ」より、
面倒でストレスではないか?

ゴミに向けられた「怒り」は
次第に「不思議」に変わっていった。


そんな不思議を目前に、
ふと彼の幼少期に思いを巡らせた。

かわいがられて育ったのだろう。
細かいことをやんや言われずに育ったのだろう。

小さいことは気にしない。
彼のいいところだもの。

大事に育てられたんだろうな。

「片付けられない男」への
怒りはどこへやら。
私の思考は飛びに飛んで、飛びまくり。
あれやこれやと聞いた昔話を思い出す。

そうして
小さい頃の夫の姿を思い出しながら、
「片付けられない」ことについて
考えていると、
自然と「妻」目線から「母」目線にシフトする。

なんだか(色んな意味で)
微笑ましく思えてくるから
これまた不思議。



最初の頃の苛立ちも
今はいずこ。

いとしさへ。


あふれでる「なぜ?」が
「なぜ、片さないんだ!」
という恨みではなく、

「謎行動」「珍行動」
という純粋な疑問となり、

「どうしてなんだろう」と
彼の立場にたって考える
良きステップとなってくれた。



雑巾で強くごしごし床を拭きながら、

どうしてこのままで嫌じゃないの?
どうして片付けないの?

と悶々としながら考えたあの時間も
無駄ではなかった。

ソレを理解するのに必要な情報が、
もはや今の情報だけでは足りず、
彼のうんと昔の
過去にまで遡ることとなったのが吉だった。


そんなこんなで、
最初こそ苛立ちもあったが
今では
クリーニングのゴミをそこら辺に放って
仕事にでかける彼が
愛しく思える。