SNSなどで流れてくる投稿の中には、

面白いエピソードや

ハートフルなエピソード、


逆に突っかかる何かを

そこに探していてる人もいる。


純粋な疑問ならまだいい。


でもそこに純粋さが宿った文章なのか、

それっぽく疑問に思ったことにして

相手をディスりたいだけなのかは、


そこに漂う空気感で感じ取る。


そして大体は

自分に対する自信のなさ、

自己否定の強さから来るものでもある。


自己否定の時期がなく過ごした人の方が少ない。


誰しも自己否定や承認欲求はあったし、

まだ全てを拭えているとも思えない。


ただ自らの内面に潜むそれらに気づきながらも、

そこに目を向けず、


相手が自分を褒めてくれるなら好きで、

少しでも否定されたような気持ちになれば、


その好きだと一瞬でも感じた相手にすら

刃を向け出す。


そして自分は大した事ない人間だと

自分で自分を下げつつも、

相手を攻撃しだす。


こちら側も何度も歩み寄ろうとした。


それでも何度も打ち返され、

そして少しでも自分の傷口のような場所に

触れられたと感じた途端、

駄々をこねる子供のように不機嫌をあらわにし、

態度を一変する。


正直こちらも疲れた。


たとえ好意的にはじめ感じていた人でも

何度もこれを繰り返されると、


もうその人にとっては意見の交換ではなく、

ただ自分の考えに賛同してほしいだけなんだと。


だからこういう相手とやり取りする場合、

こちらの言葉選びも考える。


今までなら思ったことを

そのまま書いていたことも、

もう自分の想いを

そのまま書くことは少ないだろう。


自分の浅はかさは自分では気づかない。


そしてそこに賛同する人たちも等しく

同じレベルの人たちなんだろう。


出逢った当初と今とで感じ方が変わったのは、


相手のせいでもこちら側のせいでもない。


ただお互いに生きる場面のステージが

変わっただけなのだ。


またお互いのステージが近づいたりすることも

この先あるかもしれない。


その時にまた交わる相手なら

この先にも縁が繋がっているんだろう。


自分を攻撃されてまで

その相手を応援する必要も見守る必要もない。


もう私はわたしの世界を

あなたはあなたの世界を

歩き出すだけだ。


好きだったからこそ痛いし悲しさもある。


でも本当のわたしは何て言ってるのか。


だからこそ静かに離れる準備を。


心の整理に時間が必要でも

物理的に距離を取り、

少しの間SNSから離れるのもひとつ。


人は簡単には変わらない。


だけど変われるのも人間だと思う。