長い事、書をかいていなかったな
ぼんやりと暮らしているだけで
人前では大きな事ばかり言って自分は何も行動していない
行動しなくても現状でもやっていけると思っているからかな

自分がしたい事を追求し続けるのも大事だけど
その動機がやはり不純な
現状から逃げたいだけの気持ちも大きいからだろうか

昨日、遠藤から言われた事は
何か僕を大きく振るわすようなキッカケになってくれるだろうか
甘い
その言葉につきると言われても仕方がない

これがしたい!を見つけないといけない

しかしながらこの普通の?
普通の生活に対するありがたみを忘れてはいけないと
強く思わされる3.11
2チャンネルで見たリアルさは言葉を失うばかり

復興
前に進む
背負う
頑張る

言うには簡単だしそれを合い言葉に
進んできたであろう1年間は僕らにとっては
全く重くない言葉であり
被災を受けた人々の気持ちに寄り添う事は全くできない

妻を失った人
夫を失った人
子供を失った人
親を失った子

失った人の気持ちは代弁できないし
慰めの言葉もない

そういう意味でこの世紀の天災は僕たちに
色々なメッセージを投げかけた事は間違いがない

僕は親はいるけど妻も子供もまだいない
でもこれからできるだろう
それは責任にいる事だろうけど
それだけ幸せな事だろうし・・・・

そんな家族というチームとどう接していくかと
いう事も考えなくてはいけない年頃になった
そのバランスと自分がしたいであろう事と
自分がしたくない事と。。
そのバランスが本当に難しいなあ

奇しくも今日3月11日は
またかなり寒い一日になった
こんな中で被災して、波が襲ってきた人々に
気持ち、体験は計り知れない
寒い。。寒い

普通に戻りたい
家族といたい
子供と話したい

とてつもなく、普通を求めるんだろうな
現在、普通を手に入れている僕は
またその上を求める
なんて欲深いのか。。。。

普通の生活って何やろか
僕のやりたい事って何やろか

書いて、整理しないとな


俺について


生まれは神戸

幼稚園の時から好きな子がいてませてた気がする

当時は家が金もってたからそれなりに贅沢できたし

ほしいものは手に入った


でもゲームは買ってもらえなかったから

親の財布から金パクってゲーセンいってた気がする


ゲームは格闘技

当時から飽き性やったのかRPGみたいな長いゲームは

全く興味がなかった

中学に入って初めてFFやったけど

それなりに楽しかった程度

それ以上はやらなかったな


ボール遊びが好きで最初は親父とキャッチボールして

野球してた

ゲーセンいく時もバットとグローブ持って野球いくフリしてた気がする


小2にやたら卓球のうまいやつと仲良くなって

よく公民館で卓球してたな

おかげで俺の実力はかなりのものになった

中学ではバスケ部がなかったから卓球してて

京都でベスト16までいった


8までいってたら学校の冊子にのれてたのになあ

あん時は悔しかったかな


卓球を愛してはいなかったけど負けるのは嫌やった



バスケに出会ったんは小3くらいやったかな

まだスラムダンク以前の時代でバスケやってたやつも

マイノリティーやったけど

除々に人口が増えていってなんか嬉しかった気がする


でもバスケの才能がないんは昔から薄々は感じてた

それが明確になるのは高校なんだが


もともと身体が小さいせいでデカイやつらによく

いじられて気がするわ


いじめられてはいなかったと思うけど俺自身はなんか

そういう奴らに劣等感があって

引っ込みじあんな子供やったと思う


兄弟も姉ちゃん二人やし男っちゅうもんに慣れてなかったんやな




小5の時に神戸に大きな地震が起こった

これのせいで俺の人格形成はえらく変わってしまったんかもしらん


そこから親父の実家がある京都のほうに引っ越したんや


もしかしたら神戸より京都のほうが俺の肌にあってたんか

京都で過ごした4年間は初めて一生の友達をつくれた


友達もすぐできたし俺の中で転校なんて考えもしてなかったけど

場所を変えるってのはステキな事やなって子供ながらに勉強できた気がする



その前に俺はそうしても中学でバスケしたかったから私立受験したんや

近くの公立の中学にバスケ部がなかったからな


小6から塾にいって

それ以前から姉ちゃんの影響で進研ゼミとかしてたから

勉強は嫌いじゃなかったしそれなりにできた

でも小6の勉強度合いはその閾値を脱してた気がするな


やるからには合格したれってのでほぼ毎日塾いってたな

そこにはやっぱ頭えーやつがいてそれにも負けたくなかったから

また頭よくなってえー循環やったんちゃうかな


それ以後の俺の学力はこの小6の時の遺産をひきずる事になる





余韻が遠下がっていく
帰りの飛行機にあった余裕は日本の
現実社会とともになくなっていく気がする

断られるところまでは心の準備をしていた?はずだが
よくよく考えると次は別れる準備を
しなければならなくなってしまった

ひっかかる事はきっとよくよく考えた結論がNOであった気がするから

プロポーズは予想してたみたいやから


さてと、
どうするか

またやり直しやな

これもまたよい



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