MaetakeのRun&Readingマラソン日記
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えぇ~ちょっとご無沙汰していましたが(ちょっとじゃない、かなりだ^^;)
また読書マラソン投稿ではありませんが
今回は御礼、感謝としてアップしておこうと思います。

さる10月27日、岡田斗司夫さんの主催する『悩みのるつぼ』セミナーに参加してきました。

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岡田斗司夫さんについては、
『いつまでもデブと思うなよ』が知った最初だったのですが
(だからあまり深くのめり込んだわけではなかった、私はどちらかというとヤセ型だし)

『あなたを天才にするスマートノート』を読んだ時に
ええ~こんな人だったのか!と、
その思考過程を簡単なノートというツールで見開きで鍛える技法に目からウロコが落ちました。

そしてその後の
『評価経済社会 ぼくらは世界の変わり目に立ち会っている』を読み
資本主義経済社会を超えた、次世代社会の一つのロールモデルの提示がなされている、その深い洞察力に脱帽していたところでした。

そして今回セミナーに参加し、その題材となった新聞でのお悩み相談としての『悩みのるつぼ』回答に至る思考過程の内幕を知る機会、とても楽しみにしていたところでした。

今回は30名で場所は吉祥寺だったわけですが、岡田さんご本人を身近に感じられる距離で、ワールドカフェ方式と呼ばれる形態でセミナーは進行しました。

つまり4人一グループになり、司会を決めてその他のメンバーは時間が来たら別のグループに移る。そしてどんどん意見を出し合い、最終的に最初のグループに戻って意見をまとめ、一つの回答案として司会が発表する。それを岡田さんが講評し、岡田さん自身の回答案を発表するというもの。

この4人という人数がミソらしく、確かに意見を言わざるを得ない、またトーキングスティックと呼ばれる棒(マイク)を持った人しか話してはならないというルールのため、意見が入り乱れることもなく公平に話すことができる。そして自分の意見とは違った思考回路の意見を聞くたびに、脳が絞られる気がしました。

そして司会の発表。皆さん慣れているのか、短時間でハッキリ堂々とグループの(私にはどのグループも意見百花繚乱でとてもまとまっているとは思えなかったのだが)回答案を発表されており、そのまとめ力は見事なものでした。

だがその後の岡田さんの講評、そして岡田さん自身の回答案には思わず唸ってしまった。これがアマゾンで高い評価を受けている、プロの思考過程の結果なのか!と脱帽でした。各グループの回答案とは一回りも二回りも(いや何回りも)レベルの違う感じがしました。

何というか…深くて温かい。

でもこれを説明することは…難しいですね~
やはりセミナーに実際に参加してもらわないと、ね!
ただこれを身近で実感できたことは幸せです。

また私も恥ずかしながら高齢者介護での相談業務に携わっていますが、それとは違う、新聞回答という場特有の思考ポイント(普遍性であるとかエンターテイメント性であるとか)も感じることができて、とても有意義な時間を過ごすことが出来ました。
(余韻に浸りすぎて危うく最終の新幹線に乗り遅れるところだった^^;)

これは一度参加する意義、大いにありです!!
ありがとうございました。

一応、本の紹介はやはり、この本を挙げておきます。
オタクの息子に悩んでます 朝日新聞「悩みのるつぼ」より (幻冬舎新書)/幻冬舎

¥987
Amazon.co.jp

これは誰から推薦してもらったのかは忘れてしまいました…
ただ、仕事の合間に読み始め、一気に引きこまれてしまいました。



それは単なるビジネス書でもなく、自己啓発書でもない。
いわば、物の見方を教えてくれる本。
こんな経験は久しくなかったな~
そうそう、『7つの習慣』や『自分の小さな「箱」から脱出する方法』などを読んだ時に感じた感覚に近いかも。
それぐらいインパクトがあったんです、この本は!

この著者、石原氏は‘人称’という用語を使って物の見方を捉える。
では人称とは何か?具体的なことは本を読んでいただくとして(オイオイ)、
端的に言うと、自分を含めどこまで広い視野・視点で物事を見、判断するかというもの。

・自分のことだけ考えて判断し、振る舞う状態を「一人称」、
・自分のみならず、相手の立場にもなって考え、振る舞う状態を「二人称」、
・自分、相手のみならず、それを取り巻く人々の状況まで含めて考え、振る舞う状態を「三人称」、

というように。

凄いのは、本のタイトルでは副題として「ビジネスは三人称で考える」と書かれているが、それで終わらないところ。なんと、八人称視点まで書かれているのだ。そしてその視点とは‘神の視点’! 神の領域ってどんなものか、見てみたく、読んでみたくなりません?!

確かにこのそれぞれの視点が身につけば、仕事ができると評価されるのは間違いないだろう。私も本に書かれてあるように、こんな視点を持ち振る舞う部下がいれば即仲間にしたいし、引き上げたい。

そして仕事が出来るだけでなく、生きる上で精神的に楽になるだろうな、とも思う。それはどんなに困難な状況になろうとも自分を切り離して客観的にみることができ、したがって冷静に対応もでき、人間関係も上手くいきだすので前向きになれる。

それで思い出すのは(決して自慢ではなく必要に迫られて結果そうなったのだが)、自分の体験上、困難な状況になればなるほど、切羽詰まるほど冷静になり、対応策を考えつくことが多かったのだが、そんな時の心理状態はまさにこの三人称視点!自分を突き放して見ているんだよな~と妙に納得できた。そして多分偉大な経営者やリーダーの人々は同じような経験をもっと広範な場面で数多くされているのだろうな、とも感じた。

この本にはこの ‘多人称’ 視点を身につけていく様々な具体的方法も書かれているのだが、これは結構セミナーで教えてもらったりもする。そう、各種セミナーも実は、この人称視点と同じ事を身につけさせようとしている点では同じなのだ。なら何十万のセミナーを受けるより、この本の内容をマスターする事の方がお財布的にもとても優しいですね。

面白かったのは、ビジネス以外でも活用できるという点。そういえばモテる人は皆二人称視点を持っている人だし、結婚生活となると三人称視点が必要になってくる、というのもなるほどと思った。

滋賀の近江商人の教訓として有名なものに‘三方よし’という言葉がある。
「我よし君よし世間よし」
つまり自分のためにもなって、相手のためにもなって、世間にも評価される売り方がよいというもの。
これもこの人称視点で言えば多人称視点で物事を捉えて売りなさい、と同義になる。そんなことを考えていくと、いろんな自己啓発書を読むたび、はぁはぁ、これはこの本でいう◯人称視点のことだな、と比較できて面白いとも思う。

ちなみにこの著者、石原明氏のポッドキャスト、「石原明の経営のヒント+」は年間100万回ダウンロードという。知る人ぞ知る方なのですね。私も他の著書も読んでみたいと思う。

そして時間のない方には、この本の最初の中綴じ見開き表をみるだけで一見の価値あり!です。
前回ブログで、「これから読む本は、たとえ明日死んでも悔いない本、最も読みたい(というより読まなければ後悔するであろう)本から読んでいくことにしよう。悔いを残さないために!」と書いた。

それからはや2週間が過ぎた。そして私の行動は明らかに変わった。

そう、(大げさに言えば)時間を過ごすのではなく、人生を過ごすことにシフトしてきているのだ!具体的に言えば、まず抱えていた仕事を片づけることに全力を傾けた。残業、徹夜も何度もした。そして2月になり目に見える形で成果が出てきた。振り返れば今年度になり新たな評価基準の元で人員体制も変わり、確かに業務量はアップしていたが、それに気づき適切に対処していく余裕がなかった。ただ日々の仕事に追われ現在に至ってしまった。ようやくそれも一段落させ、振り返る余裕を作ることができつつあると思っている(まだまだ自分の思う理想には達していない、私って結構ヨクバリ...)。

そして肝心の読書に関しては...
極力あちこち読み散らかすことはやめ、たとえ明日死ぬとしたら、又は世界が終わるとしたら、読んでおかなければ後悔するであろうと思った本に絞って(私にしては珍しく浮気せず?)読み進めた。その本とは


なぜ古事記なのか。
それは日本人のルーツだから
自分の生まれた場所、国の起源を知らずして現在は語れない、自分を語れないと思ったのだ。

昔はその村の長老が、自分たちのコミュニティにまつわる伝承を語り継いでいき、伝統行事を取り仕切り、それが若い人たちのアイデンティティになっていったと聞く。文明が拓けてきてそのようなつながりが薄れ、同時に物語も消えていった。現代の若者が ‘自分探し’ をするのも時代の必然である気がする。

その傾向は、第二次大戦までの時代、戦争に勝つための国民意識の統一のため、皇国日本の伝統の素晴らしさ語りが行き過ぎたことも原因なのだろう、戦後は(アメリカの意図的な操作がもちろんあるのだろうが)全くといっていいほどそのような日本のルーツを探り、誇りを持てるような話がなくなっていったのだと思う。自分の学生時代を振り返っても、国語や歴史、好きではあったが学校の授業は面白くなかった。血湧き肉踊る話などは親から教えてもらったり、自ら探さざるを得なかった。

そこでこの本である。
古事記に関しては、もちろん知ってはいた。アマテラスオオミノカミやスサノヲ、八岐大蛇、ヤマトタケルetc...登場人物も聞いてはいる。内容も部分的には知っている。ただ、全編通して読み切ったことが恥ずかしながら今までなかった。そんな自分を恥じていて、講談社学術文庫の『古事記』上中下で書き下し文、現代語訳、注、解説を読んでいこうとしたのがまた(今考えると)悪かった。ただでさえ読むのは大変なのに、書き下し文から現代語訳を読み、注で確認し、解説をひも解いていては肝心の ‘物語’ を読む流れが切れてしまうのだ。古事記はもともとは口誦で伝わった祖先の物語である。一番良いのは語り部に語ってもらうのを聞くのがベスト。ただし現代にそんな語り部がいるわけがない。そこで(最良に対する)次良として、物語風に書かれており、かつ真意をねじ曲げず伝えようとしている口語訳を読むのが良いということになる。

実はそんな本はなかなかない!のだ。岩波文庫版であれ、講談社学術文庫版であれ、他の優しい本であれ、一方は学術的正確さを求めるあまりにストーリー性が失われ、一方はストーリーに力をいれるあまりに学術的正確さが失われる。さらに学者間でも解釈は分かれる。中には未だに古事記偽書説まであるくらいだ。こうして本来ならば日本人のルールとして、日本人全員が知っているべき物語は、ベールに包まれたままとなる(こうしたことを考えると、キリスト教徒にとっての聖書の存在、は大きいのだろうな、と改めて感じる。宗教的とはいえ、自分の寄って立つバックボーンがはっきり示されているのだから)。

そこで今回の『口語訳 古事記[完全版]』一冊である。佐藤優氏は文庫版を挙げられているが、本が二冊に分かれてしまっては、上巻だけ購入して下巻はまたおカネのあるときに...では全体像がつかめない。なので私は単行本ではあるが、この一冊ぽっきり完全版を薦めたい。

この本の良いところは何といっても著者の ‘古事記をより親しみやすく、昔の人々が聞いたように現代の人々にも知ってもらおう’ という姿勢だ。著者は古事記が成立した元が口誦にあることに注目し、この壮大な物語を一人の翁が語るという設定で、語り・音声表現を強く意識して書き上げている。そのため非常に読みやすい。もちろん著者は一方で、学術的正確さも意識しており、最新の学術的成果等はあまねく注解や解説、付録で示してくれている。なのでこれ一冊でひとまずは古事記の全貌が分かるといってよい。

ちなみに最初に読む際のポイントは、とにかく ‘注解を読まないこと’ だ。これを読み出すととたんに読むスピードが落ちる。そして挫折する。なので最初はとにかく本文を突っ切ること。その後にゆっくりと気になる部分を注解等を頼りに味わえば良い。
そしてもう一つ、大体話の最初に出てくる限りない人物列挙も飛ばすこと。この人物関連ひも解きを行っているとまたそのうち挫折する。この点も著者は親切で、巻末に神・人物系図を載せてくれているため、最初は私もそれを頼りに読み進めたが、いかんせん読書スピードが落ち、物語として面白くなくなってきてしまっていたので、途中からはそれも飛ばして、最後まで読み切ることに専念した。

それでも全体を通して見えてくる世界がある。それは壮大な世界だ。そして自分の部分的な知識がいかにあやふやなかじり知識だったかも分かった。スサノヲの純真性、ヤマトタケルの残虐性をどれだけの人が知っているだろうか。激しい王権争い、血みどろのサバイバルの末に今の天皇家が成り立っていることも。逆に兄妹愛、義、愛と嫉妬などなど、どこまでいってもヒューマンな、人間味あふれる物語がそこにはある。

この物語は今から1301年前の712年に朝廷に献上されたという。だが1300年前とはとても言えない、ついこの間の話のような錯覚さえ覚えてしまう。なにせ天地創造の時代からの時間が語られているのだから!

やはり、日本人なら全員にこの物語は知っておいてほしいなと思う(知らなかったのはお前だけ?そうですね、そうだきっと)。日本人のルーツの一つが分かり、きっと誇りが持てると思う。そして私も、これでちょっとホッとしている(まだまだ命が尽きる前に知りたいことは沢山あるが)。

ようやく通読を終えた今、次は注解と解説とを参照しながら、他の本に載せてある書き下し文も参照しながら、もう少しこの世界に浸ってみたいと思っている。この物語を世に知らしめた本居宣長の古事記伝も合わせて読み切りたいとも(これについても良い本が刊行され出しているので)。たぶん次回は古事記続編レポートになるでしょう(もう多少の浮気読書も解禁にしようと思います、あくまでセネカ先生の ‘時間は有限’ 教訓は忘れないように!)。