飛石青春朝焼物語
今振り返ってみれば、なんだかとても不思議な4ショットです

一見、何の関連性もない4名
(写真中央後ろ)
長崎は海星高校が輩出したサッカー選手、ゴールキーパーの飛石孝行選手
(中央前列)
鹿児島は隼人町日当山が生んだお笑い芸人(長渕芸人)の春田和幸氏
(写真右)
オーガスタ中のアメリカ人と飲み比べをして唯一潰れずに最後まで立っていた“奇跡のジャパニーズ”高橋氏
なぜこんな異種格闘技戦が行われることになったのか
そもそものきっかけは、なぜか飛石選手が僕との会食を熱望しているウワサを聞きつけたことでした
「そんなサッカー選手のような雲の上の存在の方がなぜマエハタなんかと
」最初はイミが分かりませんでした
しかし聞けば飛石選手には悩みがあると…
飛石選手は大の長渕剛ファンだとのこと

しかもカラオケに行くのも好きで、よくチームメイトの金井選手たちと行くそうなんです
当然、飛石選手は大好きな長渕さんの曲を熱唱

ところがまだ20代前半の同世代の仲間には長渕曲が受け入れてもらえず、まるで魅力が伝わらない
挙句の果てには、長渕を歌おうとするとケツメイシを上書きされてしまう始末
そこでなぜか白羽の矢が立ったのが、マエハタだ
「鹿児島出身のヤツで、昔錦糸町で『ろくなもんじゃねぇ』を弾き語りしてたら目の前で聴いてた客が警察に連れて行かれたことがトラウマになって、それ以来ナガブチを封印してるろくでもねぇやつがいるよ」
との情報が飛石選手に伝わったそうだ
「おー、そうですか!そういうことならやってやろうじゃねぇか」
ただ、やるならとことんやってやる

なんなら、長渕さんを呼んでやる

ただ… 長渕さんは、ムリだ

ええい!こうなりゃ“長渕っぽい”剛に登場してもらうしかない!
…ってことで

“松竹芸能の長渕”こと、春田和幸氏登場

飛石選手、サプライズにご満悦の様子でした

今回縁が縁を呼んで、不思議な席となりました
人と人との繋がりがすばらしいアーチとなりました

これをプロデュースしてくださったのが、オーガスタいちの酒豪、高橋氏

まさに栄光の架橋ならぬ、“栄光の高橋”
さすがです
(先につぶれてスミマセン、、、)
僕も長渕さんの曲はホント思い出が多くてね

の曲はいつも言ってるけど、僕が九州から上京して勝負するきっかけになった忘れられない曲です逆流 / 長渕剛
鹿実Tシャツ

横河武蔵野FC
vs FC琉球
お手伝いに行ってきましたよー
チームは劇的逆転勝利

シビれましたー

しかし、台風が迫り沖縄は大変な強風とシケだというのに

そんな中、現地沖縄からも
“ぐしけんくん”と“ごさまる(護佐丸)”
がやってきました

この中城村(なかぐすぐそん)のゆるきゃらのごさまるが中城名菓の「島にんじんパイ
」を両手でかかえきれないほど、山ほどくれましていい人たちだなぁ。。。
やさしいなぁ。。。温かいなぁ。。。
なんて思っていたら
「ふぉっふぉっふぉっ!沖縄をぉ~、喰いちぎってやるぜぇ」
という声が

ふと、その声の方を見ると

悪そうな顔をしたオトコが

熊谷寛選手、改め“悪魔谷”寛選手だ!

なかなかの悪魔だ!
だがしかし、1歳3か月になる息子の“翼くん”の前では、なかなかの天使だ


そして、なかなかのピンボケです

応援リーダーさんたち、ジュニアユースのガキども、武蔵野大学の応援部たち
小雨の降りしきる中、ずーっと飛び跳ねてくださってましたからねー
情熱が選手に伝わったってやつですよ
この勝利は嬉しかったでしょう
ところで武蔵野大学といえば、毎回多くの学生たちがお手伝いに来てくださっているんですが、シーズン終了が近づくにつれ、4年生が3年生に学んだ技術を伝授している光景が垣間見れます
放送席のお隣、記録席では

大和さん(4年)がアメミヤ(3年)にサッカー記録員のノウハウを伝授中
この大和さんはそれこそ代表戦や天皇杯など国内最高峰の試合を担当する日本を代表するカリスマサッカー記録員を師と仰ぎ記録技術をたたきこまれていたので、サッカー記録員としての腕もかなりのもの(←なハズだ)
ただ、師匠に芋焼酎好きなところも伝授されていないか
それだけがちょっぴり心配だ

そうそう!芋焼酎といえば
毎回選手にハーフタイム抽選会の景品を提供してもらっているんですが
今回の選手賞は“東郷賞”
鹿児島出身の東郷太樹選手が提供してくれたのは
な、な、なんと!!!

“鹿実Tシャツ
”なんと貴重なヤツをぉ
ありがたい

東郷選手が鹿児島実業時代、(まだ丸坊主時代
)の、汗と涙と愛と青春のウェアだ…でコレが情報によると、なんとFC琉球のサポーターさんに当選したらしい
東郷選手とともにこの鹿実Tシャツも、華の都大東京に上京してきたわけなんですが、上京1年半、シャツだけまた南国に戻って行きました

まぁこの鹿実Tシャツも東京より南国の方が肌に合ってたんでしょうかね?(←シャツだけにね!)
シャツは生まれの南国に戻って行きましたが、チームは本拠地の武蔵野になかなか戻れず北区や江東区江戸川区をうろうろしています
早く武蔵野陸上競技場に戻り、ラストスパートといきたいですね

ずっと好きだった / 斉藤和義
」