昭和17年10月26日
じぃちゃんの弟は、南太平洋の上空で散った。


家には、
「空母・瑞鶴」から送られた遺書が残っている。

「吾二十歳にて桜花の如く
散るを無上の光栄とす」


平和であることの意味を、改めて考える。合掌。

-------------------

昨日、2012年の手帳を買いました。

今回も、ほぼ日。
来年の予定を少しずつ埋めました。


ただ埋めるのもつまらなかったので、
『こんなこといいな・できたらいいな』の予定を、
鉛筆で埋めてみました。

鉛筆の上からボールペンで、
なぞるような。

そんな年にしたいな、と思いました。



って、今年もまだまだでしたね。。
「もう最後だから、
実家に線香をあげに連れて行ってくれ」

と96歳にもなるばぁちゃんに言われたら、
連れて行くしかないと思った。


日曜日の朝はそうやって、
ばぁちゃんの覚悟を聞き入れることから始まった。


その道中、
「この橋は3億円かかったんだ」
「この四万騎農園の栗は東京に卸してるんだ」
「この道の方が筑波山がキレイに見えるんだ」

などと、
「ふーん」と聞き流しながらもはっきりと記憶した。


それは、
『覚悟』を決した人の話ということ。

と同時に、
『知っている』ことが、『経験』であるということを感じたからだ。


僕が運転し、線香をあげに向かったわけだが、
祖母にしたら、全てが知っている道で、
連れて行ってもらっているフリをしていたのかもしれない。


これを『経験の差』と呼ぶのだろう。



あとどのくらい、
僕は、祖母の話を聞き、
何かを感じることが出来るのかわからないが、
僕自身、一つの『覚悟』が必要なんだと感じた。

その『覚悟』でさえ、
一つの『経験』となるのだろうか。



帰り道、
「この橋は3億円かかったんだ」
と。
来た道とは違う表情で、
祖母は笑った。



-------------------

いっぱい笑って、食べ過ぎて。

色々なところが筋肉痛で。


『キャンプ れじでんす』最高でした!

ありがとう*


また次回企画、考えましょう!
すぐに捨てることが出来れば、

その分、入って来るものも多い。


ということを聞きました。



自分の場合、
キャパシティが全然なので、


ドンドン捨てなくちゃいけないな。

と言うことです。



と同時に、

捨てるものと残すものとを『仕分ける』能力も必要だし、
瞬時に『決断』する能力も必要だったりする。


と言うことです。

-----------------

いつか見た Southern Cross-110918_1417~01.jpg

一年ぶりに
『1988 CAFE SHOZO』に行ってきました。


「よしもとばなな」さんがたまにいらっしゃるようで。
いつかは会ってみたいものです。


こういうところは季節ごとに行きたいものです。

コーヒー一杯のために、
片道3時間かけるのも悪くない。


とは言うものの、
目当てはコーヒーだけじゃないんだけど、
計6時間、話しが出来たら、
やっぱりそれは、素敵なことなんじゃないかな。

と思ったりしました。



帰りに見た夕日と富士山。

あの夕日の色は、何色だったんだろう。