結局前回も文章に熱が入り、最後まで書き終えることができなかった「まえけん」です。
今回は、富岡町の仮設住宅訪問と、東京に帰る際のヒッチハイクについて書いていきます。
楢葉町、広野町、大熊町を訪れた私は、福島に対して抱いていたイメージと、現実とのギャップに驚き、メディアを通してでは決して知ることのできない被災者の方の生の声を聞きました。
そして、そのことを近くの駐輪場でノートにまとめることに。
あの胸に込み上がってくる熱い想いと、それとは対照的な周りからの怪奇の眼差しを、今後忘れることはないでしょう。
「キャ~~、変人!」
という悲鳴で起きた私は、そのとき何かを悟っていたのでしょうか、
「君にも生きていれば、人生一度くらいは駐輪場で寝る日が来るよ。」
という意味の分からない言葉を残してその場をあとにしました。
あの女子校生からしてみれば、自分の自転車の前に知らない人が寝ていて、そのうえその人が起きたかと思えば、意味の分からない言葉を残して去っていかれる…
彼女にとって実に不思議で貴重な経験だったことでしょう。
恐ろしいの間違いかな。笑
1時間ほどして到着してみると、そこにはまた違った景色が自分を待ち受けていました。
『ボランティア・記者お断り』
至る所にこの言葉が並べてあるのです。
『訪問販売お断り』の間違えかと感じたほどです。
話を聞くと、以前ここ富岡町の仮設住宅区域にはボランティアの方々や、記者が大勢押し寄せていました。
しかし、こういったことを嫌う人々が多く、いざこざが生じる事態が増え、今では公認のボランティアや記者しか許可していないそうです。
そのことを聞いた私は、こればっかりは仕方がないと思い、帰ることにしました。
帰り際に集会所の方が放った言葉が、数ヶ月経った今も頭から離れません。
「あなたのような方が、こうして来てくれることは本当に嬉しい。
でもあなたは、自分の生まれ育った場所に帰れない我々の気持ちが分かりますか?
決して分かることはないでしょう。
もう、そっとしておいてはくれないだろうか?」
私は言葉を失い、返事をすることができませんでした。
少し間が空いてから、
「すいませんでした。」と言ってその場を立ち去ろうとした私に、その方はもうひと声かけてくれました。
「私たち富岡の人には、このように考えている人が確かに多い。でも、世の中には君のような青年を待っている人が必ずいる。
君の情熱を持って、ここ福島だけでなく、日本全国、いや、世界を見て来なさい。そして君を必要としている人と出会ったら、その人と共に精一杯楽しんで下さい。」
涙が溢れそうになりました。本当に良い言葉で、今も大切に胸にしまっています。
こうして富岡の仮設住宅区域をあとにした私は、東京の僻地「高尾」にある家を目指してヒッチハイクを再開しました。
すると開始1分で、1人の男性が「いわき湯本IC」まで乗せてくれることに。
その方は「遠藤」さんといい、物腰が柔らかく、2人の娘を大切に育てている、実に誠実な人でした。
いわき市と同様に被災した双葉郡の人々の受け入れ先である「郡山市」に住む遠藤さんに、今回知った仮設の人々の話をすると、急に暗い顔になって、口を閉じてしまいました。
気まずい雰囲気が流れた後、数分経って、またゆっくりと低い声で話し始めました。
「大前君は仮設の人々を可哀想だと思うかい?そう思うことはとても大切だよ。
でもね、彼等は幼いころから、我々郡山の人間と違って、原発の恩恵を受けていたんだよ。雇用もたくさんあれば、国や東電から莫大な経済的支援を受けてこれまで暮らしてきたんだ。
今回震災が起きて、たくさんの方が命を落としたり、故郷に帰れなくなったりしたことはもちろん惜しまれることだ。
だけど、今まで原発様様で、いざ原発に問題が起こると、我々は被害者だと嘆き、他の土地に行き、元々そこに住んでいた人の仕事を奪う。
私たちは、必死に向こうの方々に合わせようと努めているのに、向こうは「故郷に帰れなくて辛い。君には分からないだろう。」と言っているだけ。
私には自分勝手のようにしか思わないよ。」
原発問題とは本当に難しいです。
どちらの意見も正しく、心の声です。
遠藤さんと別れた後、私はもう一度原発について考えました。
そして、答えを見つけることができませんでした。
今も原発について勉強をしていますが、原発推進か反対かの答えは出ていません。
現段階的には、原発は雇用などの経済面でも、エネルギー面でも必要不可欠のように感じられます。
(もちろん代替エネルギーなどの方法もありますが。)
原発を推進するためには、誰かが犠牲にならなければなりません。
ただ、自分が生まれ育った場所に、いつ爆発するか分からない危険な原発を置かれるのは正直嫌です。皆さんも同じように感じているでしょう。
それにもかかわらず、私たちは経済的な理由やエネルギーを理由に原発を推し進めようとしています。
「誰かが犠牲になってくれるだろう。」
と心の中で思っているのです。
ある種、他人事のように。
これは本当に身勝手な考え方です。
しかし、このことを今の政治家や我々国民は行なっているのです。
こういうことも踏まえて、私は原発に対しては、賛成とも反対ともはっきりとは言い難いです。
今も考えている途中です。
みなさんはもしかしたら、
「お前1人が、たかがブログでこんなことを言っても世の中は何も変わらないし、自分たちが原発について考えて話し合っても、何も起きやしないよ。」
と思うかもしれません。
だけど、私はそうは思いません。
確かにものごとは、そう簡単に変わりません。
それでも我々ひとりひとりが、真摯に世の中の矛盾について考えることは大切なのです。
ものごとはそういう小さなことからしか変わりません。
これからの世代を担っていくのは我々若者です。
このブログが、皆さんの考える機会になれば、私にとってこの上ない幸せであり、平和な未来への大きな一歩となるでしょう。
また偉そうに語ってしまいました。
すいません。ただ本気です。
またしてもヒッチハイクについて書くスペースがなくなってしまいました。
次回ですね。笑
今回も最後まで暑苦しい文章を読んで頂きありがとうございました。
次回もよろしくお願いします。
ではまた!












