「死ぬかもしれない」
と思った時、人は生きたいという、本音、本能に気付かされる。
そう思います。
人間の身体は、意志とは裏腹に、めちゃくちゃ正直。
どうしたって
本当にヤバい!
と、思考ではなく、身体が感じるような
ビリビリと肌感覚でトリハダがとまらないような窮地に立った時、
「精神」
ではなく、
「身体」
が叫びます。
帰り道に、いつも通る道で
交通事故の現場を眼にした時、
北極で野宿してて、白熊にテント蹴られて穴開けられた時(おれの知る限り一人そういう知ってる)
旅してる時、初めての国でイチかバチかの選択を迫られた時
どうしても心が病んでしまって、どうしようも無くて、自分の生命を断ちたいという考えが頭の中から離れなくなってしまった時、
未曾有の大震災に襲われた時、
世界的に、治すことの出来ないと言われる未知のウイルスが蔓延ってしまった時、
。
。
。
そんな時
「自分も、死ぬかもしれない」
リアルなその感覚を覚えるのは、人の生存本能だと思います。
自分も、そんな経験、あります。
自分も、人にバカだと言われるような、
危ない橋を幾つか渡ってきたような気もします。(みんなも実は渡ってますか?笑)
ただ、往々にして
「あっ、自分もいつ死んでもおかしくない」
とリアルに感じた時、
人は
「ぜっっっっ、絶対死にたくない!!!」
ってなると思うんです。
少なくとも、
自分はそうでした。
実は、数年前、
病んで病んで、どうしようもなかった時期があり、
もうどうしようもなくて、夜の水辺で、足がつかない深さのところまで
溺れに行って、
服の重さをリアルに感じた時、
ジタバタジタバタ
もがきながら
息っ!
息っ!!
服っっ
重いっっ!!!!
あっやばいし、シムっっっ
、
、
、
酸素酸素酸素!!
やばっ
、
、
、
ゴボッ
ゴボゾゾゾゾオっ
ゴボッ
ゴホッっ
ゴッっっっ
、
ほっっ
ゴッっっホッッッ
、
、
、
、
o2
o2ぅううううう
ゴボッっ
やっ
ゴボゾッっっ
、
、
あっ
ゴボゾゾゾゾっっ
となった時、そう思いました。(割と辛い過去※今は笑って話せるけれど)
今、そんなあの時ほど、
「し、しぬぅううううう///」
とはなっていませんが、常に
誰でもどんな時でも「人生が終わる」
可能性は、現実問題、在ると思います。
明日道端で事故に遭うかもしれない。
他にも、どんな事があるかわかりません。
正直自分は
今回の未曾有のウイルスパニックで
改めて、自分の生命、そして家族の生命の
「限り有る」
という事を感じました。
アルマゲドンが明日降るから、みんな天国やで〜
明日で全て終わるとしたら、
最後の一日、何して過ごしまっか〜〜
くらいのレベル
(強調しすぎか!)
でも
だとすれば、
大好きで大好きで仕方ない人
と、大切な人生を過ごしたい。
無駄な時間は一刻も過ごしたくない。
心の本音に1mmも嘘つきたくない!
妥協したくない!!
大好きな人達が
喜んでくれる事が、一番嬉しい!
おれを一番喜ばせるのは、それやっ!!!
(結局自己中)
、
、
限り有るからこそ
「有限実行」
なんでも良いので、
悔いの無いように日々過ごしたいなと思いました。
前置きが
長すぎましたが、
言いたい事は
それだけでした😂
みなさん、明日地球が🌏終わる、人生が終わるとしたら、
どうしますか?
、
どう行動しますか?
、
どう「在り」ますか?
月並みな質問ですが、
ここまでリアリティを持って、
考えられる事もそうないと思います。
、
、
あ〜〜
おれはどうしよぅ
まとまりの無いこの文章、
ここまで丁寧に読んでくださった方が居たとしたら、
有難う御座います。。





