『相手に何をしてあげられるか』を考えると、コミュニケーションが上手くいく!
アドラーという心理学者は「人は誰かの役に立ったという貢献感を感じた時に、本当に幸せを感じることができる」と述べている。そこで今日は、『相手に共感すること』から発展して、『相手に何をしてあげられるか』を考えて行動することを意識した。
なるべく周囲の人に気を巡らせ、相手の求めるリアクションや行動を起こすようにした。
そうするとやはり、普段の雑な応答よりも、相手に良い気持ちを与えられた感触があった。
例えば、普段なら後輩のちょっとした質問に対して「そこまで聞いてないよ」と思うようなことまで加えて喋って相手を疲れさせてしまうのだが、今日は相手が求める範囲の答えのみを返すことができた。
誰かと話すときも、今までやけに沈黙が怖かったりして、間が開かないようにつまらない話を相手に聞かせていたが、今日は間があっても口をつぐんで、相手の言葉を待った。そして相手の言葉に対して必要な応答を、いつもよりはしっかりと返した。
相手に必要な答えを与えられたことで、自分は役に立ったという貢献感が得られ、相手もちゃんとした応答が帰ってきたので満足できたと思う。
ようするに結果として・・・・・・いつもよりちゃんとコミュニケーションができたって話ですねこれ^^;
多分、普通の人なら無意識にできるようなことを、今日はなんとか意識しながらでもできたってことですね。
まぁ、自分に意識が向きがちでコミュニケーションが苦手だ!っていう人は相手に何を与えられるかを意識することで、上手くやりとりが出来るようになりますよって感じです。
少しずつ自分を改善するたびに、前の自分がいかに色々と出来ていなかったのかということを実感します。なんとか日々精進して、まわりのみんなに追い付きたいと思います。まる。
共感の威力。
情けない話だけど、今日は先生に怒られた。
しかし、自分にも非はあったが、怒られた原因としては先生が疲れていて機嫌が悪かったというのが大きかった。
ここで以前の僕であると、『機嫌が悪いからって怒られるのは気分が悪い。しかも怖い。いやだー』と考えるばかりで、相手の心情を理解しようとしなかった。完全に意識が自分にばかり向いていた。
今日は、怒られている最中も自分に意識を向けず、相手の心を理解するように務めた。
何故相手は怒っているのか。相手はどうしてほしいのか。そればかりを考えた。
すると、いつもなら感じる恐怖や怒りがかなり抑えられていることに気づいた。いつもが100なら、5程度の恐怖だった。
そのため、相手が怒っている最中においても怖じけずに、意見を述べたり提案をすることができた。
すると先生も、「いつものように怒られて丸まって、考えや答えを俺に任せっきりではないな。」と思うようになった(妄想)。そして段々とお互い冷静に、かつ有意義な議論を交わすことができるようになった。
共感の威力の一端を実感することができた出来事だった。
やっぱり、自分に意識が向かないってのは、素晴らしいと思った。まる。
あとこれからはこのブログを、駄文ながらでも、人に読んでもらうことを意識して書くようにします。
相手に伝えようと意識することで、またベクトルが自分から外に向かっていく。
そして、周りにいい影響を与えられるようになると思う。
情けない話だけど、今日は先生に怒られた。
しかし、自分にも非はあったが、怒られた原因としては先生が疲れていて機嫌が悪かったというのが大きかった。
ここで以前の僕であると、『機嫌が悪いからって怒られるのは気分が悪い。しかも怖い。いやだー』と考えるばかりで、相手の心情を理解しようとしなかった。完全に意識が自分にばかり向いていた。
今日は、怒られている最中も自分に意識を向けず、相手の心を理解するように務めた。
何故相手は怒っているのか。相手はどうしてほしいのか。そればかりを考えた。
すると、いつもなら感じる恐怖や怒りがかなり抑えられていることに気づいた。いつもが100なら、5程度の恐怖だった。
そのため、相手が怒っている最中においても怖じけずに、意見を述べたり提案をすることができた。
すると先生も、「いつものように怒られて丸まって、考えや答えを俺に任せっきりではないな。」と思うようになった(妄想)。そして段々とお互い冷静に、かつ有意義な議論を交わすことができるようになった。
共感の威力の一端を実感することができた出来事だった。
やっぱり、自分に意識が向かないってのは、素晴らしいと思った。まる。
あとこれからはこのブログを、駄文ながらでも、人に読んでもらうことを意識して書くようにします。
相手に伝えようと意識することで、またベクトルが自分から外に向かっていく。
そして、周りにいい影響を与えられるようになると思う。
『それでいい』を繰り返す。
面白いこと言えない。それでいい。
格好良くない。それでいい。
人を好きになれない。それでいい。
すぐ怠ける。それでいい。
人見知り。それでいい。
約束守れない。それでいい。
それでいい、なんて思おうとしても無理だ。それでいい。
それでいい。
まずは、自分が自分をどう思っているのか知る。
そこで気づいた自分の思考や感情にケチを付けるから苦しくなる。生きている感覚が失われる。
目標ばかり掲げて、自分の本心と向き合わない。自分の本当の感情、思考を無視して、「どうあるべきか」ばかり考える。
目的地ばかり見て、今自分がどこにいるのか分かっていない。
まずは、自分の本当の感情、思考を知る。そして、『それでいい』と唱える。
現在地を知り、今その場所にいることを認める。
目的地に向かうのはそれから。現在地がはっきりと認識できたなら、本当に行きたいと思う場所も変わるかもしれない。
面白いこと言えない。それでいい。
格好良くない。それでいい。
人を好きになれない。それでいい。
すぐ怠ける。それでいい。
人見知り。それでいい。
約束守れない。それでいい。
それでいい、なんて思おうとしても無理だ。それでいい。
それでいい。
まずは、自分が自分をどう思っているのか知る。
そこで気づいた自分の思考や感情にケチを付けるから苦しくなる。生きている感覚が失われる。
目標ばかり掲げて、自分の本心と向き合わない。自分の本当の感情、思考を無視して、「どうあるべきか」ばかり考える。
目的地ばかり見て、今自分がどこにいるのか分かっていない。
まずは、自分の本当の感情、思考を知る。そして、『それでいい』と唱える。
現在地を知り、今その場所にいることを認める。
目的地に向かうのはそれから。現在地がはっきりと認識できたなら、本当に行きたいと思う場所も変わるかもしれない。
自己否定否定感。
本当は自分に全く存在価値を感じていないのに、「自分に価値がないと思ってはいけない、本にもそう書いてある」と考えて、自分に価値が無いと思っていることを否定する。
嘘だ。欺瞞だ。俺は本当は、本当は自分に一切の価値を感じていないし、人も信じていない。自分も信じていないし、これから幸せになるイメージなんてまるでもっていない。
事実はともかくとして、本心では自分はそう思っている。
誰も信じていないし、他人も信じていない。自分の能力も信じていない。
生きていて、充足を覚える瞬間は、眠りから覚めたほんの2秒の感覚だけ。体に神経が通っていると感じられるあの瞬間だけ。
他は。生きている感じがしない。楽しくない。死にたい。本心ではそう感じている。それが全て。
それを否定したままじゃ、何も感じられない。
生きたくない。死にたくもないけど。
本当は自分に全く存在価値を感じていないのに、「自分に価値がないと思ってはいけない、本にもそう書いてある」と考えて、自分に価値が無いと思っていることを否定する。
嘘だ。欺瞞だ。俺は本当は、本当は自分に一切の価値を感じていないし、人も信じていない。自分も信じていないし、これから幸せになるイメージなんてまるでもっていない。
事実はともかくとして、本心では自分はそう思っている。
誰も信じていないし、他人も信じていない。自分の能力も信じていない。
生きていて、充足を覚える瞬間は、眠りから覚めたほんの2秒の感覚だけ。体に神経が通っていると感じられるあの瞬間だけ。
他は。生きている感じがしない。楽しくない。死にたい。本心ではそう感じている。それが全て。
それを否定したままじゃ、何も感じられない。
生きたくない。死にたくもないけど。
自分の気持ちに対する答えは知っている。
経験をしたり、本を読んだりして、最適に近いと思われる答えは知っている。
「恐怖を感じている時にはこう対処する」、「怒りを感じている時にはこう」、「相手に不満を感じている時はこう」。
でも自分の気持ち、本当の考えを自分自身が知らないと「答えようがない」。
テストの答えを知っていても、テスト用紙がなければ点数は取れない。
だから、苦しい時はまず自分の考え、心情を知ることを最初に行う。
まず、問題を知るところから。
経験をしたり、本を読んだりして、最適に近いと思われる答えは知っている。
「恐怖を感じている時にはこう対処する」、「怒りを感じている時にはこう」、「相手に不満を感じている時はこう」。
でも自分の気持ち、本当の考えを自分自身が知らないと「答えようがない」。
テストの答えを知っていても、テスト用紙がなければ点数は取れない。
だから、苦しい時はまず自分の考え、心情を知ることを最初に行う。
まず、問題を知るところから。
