12月31日。この日記と称した毎日の記録を初めてとうとう1年経過する。
あまりにも早い1年だったと感じる。恐らく、生まれて初めてしっかり目標を設定し、それだけを見ていたからであろう。しかし、今年は最高の1年にすると決めてスタートしたが終わってみれば大きくは変化できなかったと思う。
悔しい部分は大きい。自分にできることは全て出来た。しかし結果は小さいものだった。
それでも小さい結果は生み出せた。それもつい先月あたりからやっと芽が出たのである。
心も折れかけていたが、首の皮一枚つながっているような感覚でもうちょっと続けてみようという心持ちである。
それでも収穫はあった。少しではあるが結果はついてくるという事実から、自分への信頼は上がった。
それと、これを通じて内省する時間を獲得したという部分。
探せば他にもあると思うが今挙げられるのはこの二点。
あと今思いだしたのは、涙を流すことの重要性。老廃物を出すイメージで泣くことを我慢するということをしなくなった。
それまでは一人の時間でも泣くことは自分で止めてきた。しかし、一人の時くらいは蓋をしなくていいと思えるようになったのである。
涙を流すことは笑みを浮かべることと同じようなエネルギーを消化していると思うようになった。実際は知る由もない。
正直、毎日ここに書き記すことを億劫に感じながら書いている日も結構あった。
それでも、1年前に「これを毎日1年続ける」と決めた以上、途中でやめることはあり得なかった。
そもそもなぜ始めようとしたかというと、とある大好きな声優さんが誕生日である大晦日にだけ毎日ブログを更新している。その内容が心情を吐露しているのだが、赤の他人である自分の心が洗われる。それをきっかけに、自分の心の中身を良いものでも悪いものでもどこかに書き残そうと開始した。
来年に関しては、月に1回程度に収め、毎月の総括を残す程度にしようと考えている。
野球部時代は練習や試合をしたくないと思っていたが、いざ引退するとやりたくてしょうがない、でもたまにだけ。という感覚になってくれればしんどいと思うこともなく書きやすいだろう。
先ほど、その声優さんも1年ぶりにブログを更新していた。やはり洗われる。涙が出そうになったが、今は控えておく。また一人になったらで。
人には涙を見せるつもりはない。自分の話やギャグで笑ってもらえなくなったら困るのである。こういう演技をせずに誰しもにも正直になれば人生上手いこと行くのだろうか。でもそんな度胸は持ち合わせていない。今はこれでいいと思っている。
また、昨日の忘年会、来月にも新年会が待っている。
中学の友人や高校の友人、出会って10年経つほどの時を重ねてもこうして会ってくれるのも本当にありがたいことである。
そういえば今年、酒の勢いに頼って素直に感謝の言葉を皆に言って泣きそうになったことがあった。スベリ倒した挙句、びっくりされて心配された。どうやら高校の卒業式でも同じことをしていたらしい。もちろん酒以外で。
そして最後になるが、数人とはいえ、このつたない文章を毎日読んでいただいていた。
ありがとうございました。
紙に書くよりタイプしたいなという理由で人に見せるつもりなく全世界に後悔していたが、案外読んでくれる人もいるもんだなと毎日思っていた。
今後は更新を減らすとはいえ、その都度戻ってくるつもりである。
皆さま今年1年お疲れ様でした。来年が素敵な1年になるように祈っております。
今日も一日穏便に過ごさせていただきありがとうございます。皆様にいいことがありますように。
まえっち