
修善寺に生まれて27年が経ちました。
「そうだ、修善寺の曲を作ろう」と思い立ったのは、あれは果たしていつの話だったのだろう。
育った場所は伊豆の国市。ただ平凡に生きて、堕落した時期もあり、いつしか修善寺に舞い戻ってきました。
そう、紆余曲折を経て、今に至るのです。(曲だけにね)
修善寺の曲を作るのであれば、温泉場をメインの舞台にして、福地山修禅寺をラスボス的な感じで登場させる、というのが真っ先に、頭の中でイメージできました。
メロディはすでに出来ていたのです。問題は、歌詞。その曲の物語性を示すもので、全体的な印象を司る要素でもある。
6月の初めごろ、自分の中で作詞スイッチが入ったのか、すんなりと出来上がってしまったのです。
コンセプトのひとつとして、「修善寺温泉場に実在する施設名・宿泊施設名の文字および連想する文字を使用して、物語を構成する」
さて、音と歌詞が出来上がったからには、「早急に形にせねば」と思い立って、某大手レコード会社のプロデューサーにメールを送り、自主製作という形で楽曲の製作がスタートしました。
そして、気がついた頃にはすでに11月。音源のカラオケはすでにある程度できあがり、いよいよ歌手の方も決まったようで、11月30日に唄入れの予定。(本当は16日だったのですが、大人の事情で延期に…)
というわけで、唄入れに立ち会うことになった幸輝は、満を持して関口台スタジオに乗り込みます。
でも不安なので、明日にでも観光がてら、下見に行こうかなと思っております。いざ、東京へ。
終劇