まずはコレを見てほしい。
12/29(土) 親戚が修善寺北又の山ん中に集結した日、みなさんそれぞれ下の名前が刺繍されたタオルをいただきました。
コレ、誰が作ったか、わかります?
実は、いわゆる「障害」を抱える人の手づくりらしい。もちろん、伊豆の人だそうで。
そう、世間一般的に「障害者」って呼ばれている人の作品。
ぱっと見、健常者が作ったものと相違なさげなビジュアル。
おそらく、ほとんどの人が「障害者」が作ったって聞いたら、「えぇ?」みたいな反応を示すと思う。嫌悪感、ってやつ?
たとえば罪を犯した「受刑者」も、我々が日常で目にする物を作っている。でも、見た目は全然、悪くないから、罪を犯した人間が作っただなんて思わない、フツーは。
同様に、このタオルは、きっと誰が見ても素晴らしい出来だろうから、まさか障害を抱えた方が作っただなんて、言われなければわからない。
でもそれを知ったあと「障害を抱えているから」とか、受刑者であれば「罪を犯したから」とか、そういうので判断するべきでは無いと思う。
「障害を抱えていても」「罪を犯しても」これほどの作品を形にすることが出来る。これは健常者も見習うべきだし、ある意味、健常者よりも優れた作品なのかもしれない。
って、評価をするべきだと、自分は思う。
手が動かなくても、足が動かせなくても、時には感情をコントロール出来なくなっても、彼らは何かを形にすることが出来る。その力があることを証明している。
ほんっとに今の世の中って世知辛すぎる。普通に生きることだけでも辛いけれど、障害を抱えた方たちは、もっと辛いはず。
でもそれをわかってやらないのは、他でもない「健常者」。ネガティブなステレオタイプで冷たく突き放す。
我々「不自由の無い人間」が理解して、支援してあげなければ、誰が理解してくれるの?
自分は、ハンデを背負っても前向きに生きて、丁寧な作品を手掛けることの出来る彼らを、誇りに思う。
おわり。
