01/07/2009
昨日はなかなか寝付けずAM3:30頃に就寝。今日は12時のバスに乗り15時にはTHE GLPの事務所へ。友人は相変わらず昼前まで仕事をしていたらしく"今起きました"って感じで迎えられる。10年来の友人の結婚パーティーの話しやら、次回のMAD TEA PARTYの打ち合わせを済ませてから彼女の家へ行って荷物の最終チェック。今回の旅は巡礼だけが目的ではないために、巡礼後の洋服も持って行きたいが既に巡礼の荷物としては重量オーバー。"なんとかなるさー"くらいの気持ちで少しだけ持って行く事にした。ガイドブックは必要な所を切り出し軽量化。マッサージグッズ(何故買った)と粉洗剤等は置いて行く事に。英会話集は欲しかったけど、「Cosqueの英語は高校レベルだから大丈夫。」と言う彼女(ラテン系アメリカ人)の一言でなぜかその時は納得して(本当は中1レベル)置いて行く事にした。
 前日、いや数日前から気持ちが重い。旅はいよいよ明日始まる。初の外海旅行で3カ国巡ることになった不安からか、心の師から言われた過去の記憶を思い出してなのかははっきりとわからないけど、とにかく久しぶりに感じる気持。しかしそんな気持ちも旅のお供に選んだ1冊を開く度に心救われ、モチベーションもあがっていったのである。
巡礼中は1日に20~30km歩く予定。荷物の重量は体重の15%が目安らしい。
僕の体重だと約10kgになるが、今回の旅は巡礼だけでなく40数年前スペインのMadridへ移住した伯父に会いに行く目的もある。そしてケチってバックパックを買わず、去年まで日本に住んでいたkyleというアメリカ人が置いていった70ℓのバックパックを使用(本人の承諾なし)したため必要最小限の荷造りをしたはずが結局15kgになってしまった。
沢山入るとつい詰め込んでしまいます。今から巡礼に行こうと思っている方の参考にはならないのでバックパックの中身の詳細は記載しません。
情報収集はこちらでどうぞ!↓↓↓

日本カミーノ・デ・サンティアゴ友の会
ここに申請すれば郵送でグランシャデルを取得することができます。(僕はフランスのグランシャデルが欲しかったので申請しませんでした)
MundiCamino
スペイン語または英語が出来る方はこちらを。(一部日本語訳あり)

スペインなんでも情報リアルタイム!!
スペインの気候から旅行のノウハウまで幅広く情報を提供しているサイト

El Caminoには沢山のルートがあるんだけど歩くなら「フランスの道」と決めていた。
スタート地点はフランスのSt. Jean Pied de Port。パリからTGVという列車で移動するのだが、iD TGVを使えば日本からインターネットで予約できて早割もあるし、自宅のプリンターからチケットを印刷できるので凄く便利。もし紛失したとしても何度でもプリントアウトできるのだ。しかしこの時クレジットカードを使用して購入しようとした所なぜかアクセスできず、2、3回クリックしたが同じこと。どうしたものかと考えていたら知らない番号から携帯に電話が。
知らない人「○○さんの携帯ですか?」
僕「はい、そうですけど」
カード会社の人「○○カードの○○ですけど今、日本にいらっしゃいますか?」
僕「はい。あ!」
フランスのサイトからカードの使用を試みたため確認の電話だった。過去にあった犯罪の前例から、全てのカードにロックがかかっていてそのままでは使用できないらしい。ロックをはずしてもらい出発と帰国の日にちも伝え、その期間もロックを解除してもらうように手配した。しかしかなり素早い対応。この事があったから、旅先で使用したら肝心な時に使えなかったなんて事にならなくてすんだのだ。
感謝!
当初は5月に出発する予定だったんだけど新型インフルエンザの流行で一応時期を見合わせて、結局は7月3日出発に決定。航空券の関係で行き帰り共に北京で一泊ずつ(一泊分は無料)することになった。「仕事も辞めたしまぁのんびり行こう。」しかしこのたった2日が巡礼のスケジュールに影響を及ぼす事になるのであった。。。
$Cosqueのブログ

About The Camino de Santiago
El Camino de Santiago

僕は元々ガウディ好き(中学の頃は建築家になりたかった)。そして伯父が40年前からMdridに住んでいるということもあり、幼い頃よりスペインという国の存在は頭の中にあった。
この道の存在を知ったのは約10年前。
その時は人生の中心が今とは外れた所にあり、絶望と自己嫌悪にさいなまれていた。
その頃出会った心の師から一冊の本によって紹介され、「歳をとってからいつか歩こう。」と考えるようになったのだ。
何故、すぐにでなく「いつか」かというとEl caminoの全行程を歩き通すには最低でも約1ヶ月はかかる。看護師として働きながら、全くの個人的な理由で長期休暇をくれることはないだろうと思っていたからだ。
新しいもの好きで飽きっぽい性格だがEl Camino de Santiagoは僕の中から消える事なく、時間があれば先に歩いた日本人のHPを覗いたり書籍をあさりながらその思いは徐々に強くなっていった。
そして毎日のhard workを繰り返すなか30を過ぎた頃にふと思った。
「定年までこの仕事ができるだろうか?」
もちろんやりがいのある仕事。きついけど嫌になった事はない。でも1年間じっくり考えてみようと思った。
元々は女性の仕事だし治療や手技によっては「男だから」という理由で患者さんに断られる場面も多々ある。それは患者さんにとって当然の理由。言われた事によって嫌な気持ちになる事も全くなかった。しかしそのしわ寄せが他のスタッフの負担(看護師はわかると思うけど、ほとんどの職場でいつも自分の事で手一杯なのだ!)になるのが嫌だったし、良い意味で看護師は女性が最も適している。と考えるようになった。もちろん今では男性看護師が活躍できる場所は探せばいくらでもある。
しかし、生きることと死ぬことに大しての倫理観の違い。延命治療に対しての葛藤(場面による)が大きく膨らみ、看護師という仕事を真剣に考えれば考えるほど、自分には向いていないのでは?という気持ちが生まれてきたのだ。
それに加え体調を崩し、正常に物事が考えられなくなったのか(笑)今更ながら女性の中にいるのが嫌になる時もあり、看護師の仕事を苦痛に思うことさえ出て来てしまった。10数年の間一度もなかったのでこれには自分が一番驚き、「うーん、これはちょっとまずい。一度医療の現場から離れて冷静に考えなくては」という結論に達し、仕事を辞める事にしたのである。
30過ぎて十数年続けてきた仕事を辞める方がリスクがあると言われもしたが、もうそんな事関係ない。人を看るにはまず自分が健康でなくては。看護師を続けるにしても辞めるにしても、次のステップを踏む為の休息があってもいいじゃないか。
さまざまなタイミングが重なり、その時当然のようにEl Caminoを歩く事になったのである。