「デジタル集客」千夜一夜

「デジタル集客」千夜一夜

デジタル無縁の人でもデジタルの世界に、知らないうちにはめられる。そんな集客に都合の良い仕掛けがデジタルの世界に登場した。それが「デジタル集客」。HPやブログで呼びかけるだけがデジタル集客ではない。デジタルを使った新しい集客テクニックのあれこれをご紹介。

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1年以上、ご無沙汰を致しておりました。申し訳ありません。

先日、日本最強の広告代理店系列のシンクタンクと最高学府が共同でまとめた「日本人の情報行動調査」の調査結果のさわりを聞くセミナーを聴講しました。その中で「10代のPCネット離れと携帯電話の伸び悩み」のお話がありました。その調査の分析結果によると「10代のネット利用は携帯電話が中心で、これは親携帯電話のデジタルネイティブが誕生したためで、これは日本だけの顕著な傾向」とのことでした。

 このような傾向になったのは「10代の若者たちは携帯電話の手軽さや機動性を評価しているから」との解説がありましたが、私はこれが大きな要因ではなく、「経済的な負担が増大したため」を加えるべきだと考えています。これまで携帯電話だけだったコミュニケーション・ツールが、スマートフォンやタブレットの登場で多様化し、それらの全てを手にして全てをネットに繋ぐと、通信料の基本料金だけで莫大な金額となり、とても負担できなくなるからです。そこで彼らは最も使い勝手の良いツールを一つだけでネットを利用するようになり、そこで真っ先にPCが外されることになります。PCでネットを利用する必要がある場合は、大学などのPCを使えばよいので問題はありません。従って「PCは使い勝手が悪いから」などと、機能的な問題だけをPC離れの原因とする分析結果にはすんなりと納得することができないのです。

 このように技術面からの視点だけで論じられ易いのがデジタルの世界です。そのため往々にして本質的な問題が見過されます。どんなに技術が進歩しても、その技術を利用するのは人間です。人間は良くも悪くも得か損かで行動しますが、その典型となるのが経済的な視点の判断による行動ではないでしょうか。

 アナリストが「分析する上で経済的な視点も重要」との認識は、充分に持っていますし、決しておろそかにしてはいません。しかし彼らの経済環境や知識の中に、10代の若者たちの経済状況や感覚はインプットされていないのでしょう。高給取りのアナリストは自分たちの経済感覚でデータを分析するため、結果として見落としてしまうのだと思います。先のセミナーの講師の先生は、後日、私がした指摘に「ハッとした」と言われ、見落としたことを認めておられました。

 この経済感覚のズレは他の場合にも良く遭遇します。家庭の家計費の中で、通信費が占める割合が年々高まっています。そこでその状況を改善するために、「広告料で通信費を軽減するビジネスモデル」を開発し、特許申請をしました。この仕組みでは広告を出稿して貰わないと成立しないので、広告代理店の協力が不可欠です。しかし広告代理店の関係者の反応は「ユーザーは通信費が只でも、広告を見る煩わしさには我慢できないだろう。私は只でなくても早く繋がる方が良い」と、関心が薄いのです。今は広告料でコンテンツが無料になるサービスで溢れていますが、通信費が無料になるサービスはありません。通信料の問題で一般市民がいくら悩んでいても、通信料が会社負担の人や、個人で支払っていても高給取りの人たちには、広告は単に邪魔な存在になるだけなのでしょう。広告を見るくらいのことで毎月の通信料が只になるなら大歓迎と言う人たちは、学生を始めとして世の中には大勢いるのですが、彼らの常識の中にはないようです。

 通信料を無料にしても、通信料は広告費で賄いますから、通信会社の収益が減ることはありません。しかし全ての通信会社に参加する訳ではないので、不参加の通信会社からは、単なる通信料金の価格破壊となってしまいます。このことが広告代理店にとっては大問題なのです。広告代理店が下手にこのようなコンソーシアムの設立に協力すると、大きな広告主である参加しない通信会社の扱いを失ってしまうことになりかねないからです。

とにかく世の中、思ったようには、中々うまくいかないものですね。


反日デモでパナソニックのお店などが壊される騒ぎがあった中国武漢市から昨日帰国しました。前回のブログでご紹介しました日中韓の大学生のデジタルアート作品の展覧会「WE3ビエンナーレ展」の審査員として招かれていました。

 この展覧会は、中国が武漢市にデジタル映像産業経済特区を新設するための人材育成事業の一環として武漢市政府などが企画して開催されたイベントです。これは中国の温家宝首相と韓国の李明博大統領、当時の鳩山首相の三者会談で、「東アジア発展のために協力し合う」と約束したことに基づいて開催されました。

 作品の審査は日中韓の三ヶ国から集められた3000点余りの作品の中から、デジタルアニメーションなどの4部門の優秀作に、それぞれ金賞、銀賞、銅賞が与えられ、日本は首都大学の学生の作品など、2部門で金賞に輝きました。

 主催者のWE3ビエンナーレ展組織委員会は、初めて開催する大型イベントに戸惑いながらも、彼らとしては考えられる限りの準備で臨んだ展覧会でした。そこには日本の展覧会では考えられない豪華で絢爛たる開会式や閉会式が用意され、関連グッズもEXPO並みの品ぞろえがされていました。

 しかしながら展覧会の本体はお世辞にも立派とは言えず、展示や照明技術は応募してくれた学生に失礼ではないかと思われる展示でした。私達はこれには口出しできない立場でしたが、余りにも酷いものにはクレームを付けました。例えば日本から出品されたデジタル映像の図柄で染め上げた着物の展示方法が問題でした。何とそれをマネキン人形に着せる準備をしていたのです。打掛以外の肌襦袢や帯などは何もないにも関わらず、着物をマネキン人形に直接羽織らせるつもりだったようです。着物には日本の応募者から展示方法が図面付きで細かく指示されていましたが、中国の展示責任者には立体的な展示にしたいとの思いがあったのでしょう。急遽あり合わせで衣紋掛けが造られましたが、それは日本の応募者には本当に申し訳ない代物でした。

 「WE3ビエンナーレ展」を成功させるための中国側の思いには大変なものがありました。開会式や閉会式では特注のユニフォームに身を包んだ30人程の美しいコンパニオンが要人をアテンドし、特設舞台ではダンスパフォーマンス、オーケストラや中国で人気の美女グループによるショーアップされた演奏など、趣向を凝らしたエンタテインメントが用意されていました。開会式では歓迎のためのゲートと大型モニターが用意され、フォッグマシンや紙吹雪などの過剰な演出があり、私達からすると、何故このようなことにお金をかけるのか理解しがたい思いがしました。これは何事にも体裁を重んじる中国人の考え方なのだろうと勝手に解釈しましたが、「もっと有効なお金の使い方をすべきではないのか」との思いを拭い去ることはできませんでした。

 つまりこれはイベントプロデューサーが中国には少なく、武漢市には居ないことの証でもありました。WE3ビエンナーレ展には学生を始め、大勢の観客で溢れていましたが、その数十分の一の人達の開会式や閉会式の参加者のために彼らが全力を傾け、お金をかけることに私達が抱いた疑問は、彼らにとっては到底理解して貰えないことでした。これは中国の店員がお客様に「商品を売ってやる」との意識しかないのと同じで、お客様よりもWE3ビエンナーレ展関係の要人達の評価に重点を置いて考えるからなのでしょう。

 このイベントに参加できたことは中国や韓国のデジタルアートの大学教育の現状に接することができ、大変有意義なものとなりました。しかしその一方、展示技術やイベント運営についての未熟な様子も知ることができ、今回の訪中で中南財政経法大学の客員教授を拝命しましたので、今後はこれらについての講義もしなければとの思いを強くしました。

 ところでこの中南財政経法大学の在校学生総数は2万人で、毎年5000人を卒業させているそうです。これらの学生の多くが校内で寮生活し教員が家族と共に住み、大学の敷地は東京のディズニーランドより広いそうです。校内には乗り込み自由な連結したトロッコのような乗り物が走り回っていました。このような大学が武漢市には40もあり、大学の隣が別の大学の敷地と言う、日本では考えられない規模の学園都市でした。従って各大学の学生数にバラつきはあるでしょうが、武漢市には学生だけで80万人もいることになります。人口約13億人の中国だとしても、日本人の常識をはるかに超えていました。


暫くの間ブログの更新をしないでいたところ、友人から「どうなってんだ」とお叱りの電話を貰いました。読者の皆様には永らくご無沙汰を致しまして、誠に申し訳ありません。気にはなっていたので何度か書きかけたのですが、様々な雑事に追われ、途中までのお話がパソコンの中に幾つも残っている状態です。

「だったらその原稿に手を入れたら良いじゃないか」と言われると思いますが、読み返してみると私の中で既に終わった話や旬が過ぎた話ばかりで、とても続けて書く気にはなりません。先に仕上げなければならない仕事があると、どうして後回しになり、積み残しが増えてしまいました。

これまでの私はインターネットを使った新しい集客システムに関する特許の申請作業が2件あり、それを実用化するためのビジネスモデルの構築や具体化のための組織作りなどに追われていました。それと共に最近の私の関心事は、中国の武漢市で開催される「WE3ビエンナーレ展」にありました。

これは日中韓三ヶ国の大学生が制作した優れたデジタルアート作品を表彰し、展示公開するもので、大学のデジタルアート教育の国際交流を促進するためのイベントです。私もそのイベント開催に参加協力しますが、そのお手伝いは「WE3ビエンナーレ展」に応募して貰う作品を日本の大学から集めることでした。東京芸大を始め12の大学から70点以上の作品が集まりましたが、これほど多くの作品を集めることができたのは文京学院大学の喜多見康先生にお力添えをして頂いたからで、喜多見先生には心から感謝しています。また審査されることを希望しない作品も「WE3ビエンナーレ展」に展示され、会期終了後は中国各地の大学や美術館で巡回展示されます。

このイベントを開催することになったのは、鳩山由紀夫首相と温家宝首相、李明博大統領の三者首脳会談で、三ヶ国の発展に相互協力することに合意したからです。中国の内陸部は沿岸部に比べて開発が遅れているので、中国政府は内陸部の武漢市に新しくデジタル映像産業特区を新設しますが、その皮切りと啓蒙を兼ねて「WE3ビエンナーレ展」を開催することになりました。そこで日本と韓国が相互協力の一環としてこのイベントの開催を支援し、参加協力します。この経済特区にはデジタル映像産業とアパレル関連産業が併設され、中国政府は日本の企業に進出して貰うことは勿論、新規プロジェクトの共同開発などにも日本からの協力を期待しています。

大学が夏休みだったため学生の作品を集めることは大変で、各大学の先生方には無理なお願いをすることでご迷惑をおかけし、大変お世話になりました。ご協力頂きました先生方には大変感謝致しております。さらに面倒だったのが中国側の窓口とのやり取りで、イベント開催に不慣れな上、それぞれが自国の常識でものごとを判断するため、思い違いが多く、意思疎通が円滑にいかないために簡単なことでも時間がかかりました。私は作品集めの他、各国の作品の審査と共に、武漢理工大学と中南財経政法大学の二校でデジタルアートについての講演を行う予定です。

その講演で私は中国の大学生に、デジタルアートでは「感性と技術の調和」が重要であることを特に訴える予定です。これはデジタルアートの世界に限らず、イベントの世界でも重要なことなので、私が企画やプロデュース作業を行う際にいつも心がけています。それは新しい技術を使った展示手法が次々と登場するイベント業界ですが、新しい技術を使った展示であることを見せたい余り、技術と感性の調和や融合を疎かにする展示が増えていることを憂いているからです。つまり「新しい技術を生のまま使う展示」が多く、そこにクリエーティブな工夫が感じられない展示を良く見かけます。新しい技術で展示したい施主と単に新しい技術を使いたいだけの展示プランナーは、展示を見てくださるお客様の存在を忘れ、単に新しい技術に頼るだけの展示をしてしまいます。

その一つの例が大型展示イベントで見かけるLEDを多用しているブースです。壁全体をLEDで光らせてエコな照明を使うアイディアは、展示ブースの存在を遠くからでもひと目で目立たせますから、プランナーの狙いは間違ってはいませんし、お得意様にはプレゼン受けする企画となります。しかし実際の会場で輝く壁に掛けられた説明用展示パネルを見ると、画面は暗くて文字が読みにくく、受付嬢は後ろの壁から逆光を受けて暗く沈みます。それがどんなに新しくて素晴らしい技術であっても、お客様の見る意思を阻害したり、印象を損ねる展示になるのであれば全く逆効果です。新しい技術に頼るだけでなく、そこに優れたお客様に優しく接するための感性を盛り込むことが最も重要です。またプランナーは、施工後の状態を想像できる能力がなければなりませんし、欠陥展示となることを見抜けなかったイベントプロデューサーにも問題があります。お客様に心地よく見て貰える展示に仕上げることは、受注者としての最低限の義務ですから、新しい技術を導入するだけで「良い」とならないことは勿論です。

経営危機に陥っていたハウステンボスがHISの支援を得て、再生への一歩を踏み出すことになったそうです。これで九州の代表的なテーマパークの一つであるハウステンボスが消えずに済んだことは喜ばしい限りです。自治体からも様々な救いの手が差し伸べられるようですし、HISのプロデュース能力と企画力で一日も早く、賑わうハウステンボスになることを心から期待します。

九州のテーマパークにはかつて「宮崎シーガイア」がありました。ここも懸命に再生への努力がなされましたが、遂に力尽きたことは良く知られています。その末期は韓国、台湾からの団体客の集客に力を注いでいましたが、海外からのお客様は増えた結果、地元客が敬遠するようになりました。この近隣からのお客様が減った理由について述べるのは、長くなるので今回は省略します。

近隣からのお客様が減ることは、取りも直さずリピーターが減ることです。テーマパークの成功は、リピーターを確保することですから「宮崎シーガイア」の入場者が減っていったのは当然の結果です。海外からのお客様をリピーターにすることは基本的に難しく、海外からの団体客を中心とする集客構造は、即リピーターの減少につながります。ハウステンボスの場合、HISはどのようにして解決していくのか、その手腕に大きく期待しています。

HISは施設の老朽化に伴う修繕費が大きければ手を引くとのことですが、それが思惑通りの金額で収まったとしても、それだけでこれまで以上に集客が可能になる訳ではありません。お客様の安全が第一のテーマパークですから、修繕費に必要なお金をかけなければならないのは当然です。しかしそれだけで集客できる訳はなく、集客するための仕掛けをしないと入場者数を増やすことはできません。そのためにハウステンボスではアトラクション施設を減らして、アウトレットを新設し、集客の目玉にする計画のようです。

アウトレットの入場料は多分無料でしょうが、ハウステンボスは今まで通り有料だと思います。恐らく東京ディズニーシーとイクスピアリのような関係をイメージしたのでしょうが、イクスピアリはアウトレットではないので微妙に違います。お客様がこのどちらを目指して来られても収益増にはつながりますが、ハウステンボスのテーマとの関係はどうなるのでしょうか。アウトレットが賑わっても、ハウステンボスは閑散とするのでは困ります。それともハウステンボスの中にアウトレットを造るのでしょうか。しかし有料のアウトレットになるとは考えられません。つまりハウステンボス自身も活性化できる施策が必要ではないでしょうか。

これまでハウステンボスは、愛知万博で好評だった三菱未来館や三井東芝館の展示物を丸ごと移設するなど様々な工夫をして、何とか集客するための努力を続けてきました。しかし、一時は年間360万人を超えた入場者数も昨年は130万人に落ち込み、それは年々減り続けています。しかしその原因が、施設の老朽化やお客様がコンテンツに飽きたから、ではない筈です。それらは当初から予想できたことなので、入場者数が減少した原因はそれらを使い続けても客足が落とさないようにする準備がなかったことにあります。

怠っていた準備とは、これから力を入れると言う「リピーターの醸成」です。リピーターの醸成には、来訪されたお客様をリピーターになって貰うための仕掛けが必要ですが、そのような工夫がされていませんでした。今回のHISの再生計画の大きな柱には「リピーター作り」が掲げられています。その具体策はあるのでしょうか。

「リピーター作り」の方法の一つに、お客様に「思いを残させる」ことで再訪を促す仕掛けがあります。この方法は拙書「デジタル集客術」で紹介していますが、お客様に思いを残して貰うことができれば「また行こう」と思わせる強い動機を作ることができ、記憶にも残ります。お客様に良い印象を与えることができても、他で同じような体験した場合と比べますから、大差がなければ「良かった」と言う評価をして貰えるだけで、リピーターにはなって貰えません。

今のハウステンボスにはアトラクションだけでなくテーマパーク全体にも、お客様に「思いを残して貰える」仕掛けがありません。現状のままでも、「思いを残す」仕掛けをすることができるのに、そのような工夫がされている様子が見られません。しかも「思いを残す仕掛け」は、「少ない予算で対応できるのにも関わらず」です。本来テーマパークには、その大きな存在理由の一つに、「また来たい」との「思いを残す」場を提供できることがあるのですが…。

私も何回かハウステンボスを訪れましたが、「こんなに面白いことなのに何故集客に利用しないのか」と疑問に思う素材が多々ありました。過疎の村の村民が「こんなものをどうして喜ぶの?」と驚くようなものが、都会からのお客様には人気のスポットや体験になることがあります。ハウステンボスの関係者もそれと同じで彼らにしてみれば余りにも当たり前のことなので、それが面白いことに気がつかないのでしょう。他にもイベントの内容やアトラクションのMCのセリフにも「思いを残す」仕掛けができますが、これらはいずれも巨額な投資が不要です。少ない予算でリピーターを増やす有効な方法なのですが、予算が少ないと手数料も安くなることを嫌う相手にコンサルティングをお願いすると、絶対に出てこない改革案であることは間違いありません。

先日、福岡高等裁判所那覇支部は沖縄市の泡瀬干潟を埋め立てする工事事業費の公金支出を違法とする判決が申し渡されました。これは一審の那覇地方裁判所の「埋め立てする理由に合理性はない」との判決を引き継ぐものです。住民が自然環境の保全の観点から沖縄県と市に対して起こした訴訟で、一審に敗訴した県と市が上告して是非が争われていました。この二審の審理が進む間も、県と市は「判決が確定していない」ことを理由に、希少生物が生息する泡瀬干潟の埋め立てを進めてきました。今回の二審判決にも工事を継続する意向を示しているので、再び上告してその間も埋め立て工事を続けていくそうです。

県や市がこのように固執するのは、埋め立てて大型リゾート施設を建設して観光客を誘致することで、疲弊し切っている地元経済を活性化する計画があるからです。手っ取り早く地元経済を救済するには「大型公共工事の導入が最適」と考えるのはお役人の常套手段で、そこで出てきたのが国際交流リゾート施設「マリンシティ泡瀬」構想です。他県を唯一凌駕できるのが観光と自負している沖縄県ですから、観光振興を経済振興に結び付ける考え方は誰にでも受け入れ易いとは思いますが、本当にこれしか活性化する方法はないのでしょうか?

沖縄市がこの地で進めている経済振興計画は、「マリンシティ泡瀬」の実現を起点にして進行しています。泡瀬干潟を埋め立てる理由は、この計画の実現に必要な土地を造成するためです。ですから「マリンシティ泡瀬」構想以外の経済活性化策があれば泡瀬干潟を埋め立てる必要もありません。そこで泡瀬干潟の埋め立てに反対する前に、先ず「マリンシティ泡瀬」構想に反対すべきではないでしょうか。この構想を残しながら、環境問題を理由に、干潟埋め立て反対を叫んでも解決が遠いことは自明の理ではないでしょうか。

巨大なリゾート施設を造って雇用を促進し、観光客を招致して地域経済振興を計る計画は、恐らく誰にとっても、大変イメージし易い計画だと思います。しかも国から巨額な税金が投入されますから、それだけで地元が潤う仕組みはとても美味しい話です。そこを残しながら「貴重な自然を壊すな」と反対するのは、部外者からみれば納得できないものがあります。「マリンシティ泡瀬」構想を中止しても、地域経済の活性化が実現できる新しい仕組みを提案しなければ、全ての関係者が納得できる解決策にはなりません。

現在公表されている「マリンシティ泡瀬」構想の中身は、既存の他のリゾート地とさして代わり映えしませんし、東京人が他の競合するリゾート地に行くのを止めて「泡瀬に行こう」と思うような仕掛けもないので、地元が期待しているほど集客効果があるか不明です。取りあえず大型公共工事が導入できるハコを造って完成後にその使い方を考えようと言うやり方は、中止が決定済みの「国立メディア芸術総合センター」と全く同じです。泡瀬干潟の埋め立てを中止させるには、地域経済の活性化が実現できる具体的で、現実的な集客計画が必要です。

それには先ず、地元に集客できる「魅力ある素材」が本当にないのか、「売れる素材」はないかを徹底的に調べる必要があります。過疎地に住む人が「ここには何もない」と良く言いますが、それは見慣れているから気づかないだけで、癒しを求めている都会人には充分にお金を払うだけの価値あるものが結構あります。大抵の場合、そこを真剣に掘り下げずに施設造りや外資導入こそ経済を活性化すると思いこむ人が多いようです。

当初は干潟の埋め立てに懐疑的であったとも言われる東門沖縄市長ですが、今やすっかり工事推進派の先頭に立っている感があります。手っ取り早く現金収入がある公共工事や、何の保証も無い「沢山の観光客が来る」と言う将来像を目玉にしている「マリンシティ泡瀬」構想で経済の立て直しを計るのではなく、沖縄市は堅実に経済を活性化できる仕組み作りについて検討すべきではないでしょうか。

それには地元民だけでは経済は活性化しませんから、どうしても地域外からの訪問者を増やす必要があります。従って先ず確実に集客できる仕組み(ソフトウェア)を、施設造り(ハードウェア)よりも先に計画すべきです。行政側が本当に地域経済の活性化を最重要視しているならば、現在用意している巨額の事業費を工事費にではなく、地元民の経済支援や地場産業の創出や育成に使うべきです。地元民を支援しながら観光客誘致に必要な目玉造りや集客のノウハウを提供し、地元民の力で経済の活性化を目指すことが大切で、そのためには集客できる仕組みを構築することこそ最も重要と考えます。

様々な反対を押し切ってまで埋め立て工事を進めるのではなく、先ず原点に帰って地元経済を活性化するための方策を探るべきです。そのために効果的な方法論は様々ありますし、部外者から見れば、埋め立てを拙速に進める必要はないと思うのですが…。

10月3日未明にデンマークのコペンハーゲンで、石原東京都知事だけでなく日本国民も、2016年に東京にオリンピックを招致する夢は儚く消えました。最後のプレゼンは、サプライズ起用の15歳の少女だけでなく、鳩山首相のCO225%削減宣言や石原都知事の力強いスピーチが印象に残る、良く練られた内容のプレゼンでしたが、ブラジルの「南米大陸初のオリンピック」の威力に敗れました。しかしマスコミの一部には「150億円も使っての落選はドブに金を捨てたようなもの」との記事も出ています。しかし当選していたらどのような記事になったのでしょうか。石原都知事には大変失礼で申し訳ない例えではありますが、「水に落ちた犬は叩け」と言うようなマスコミの主張は余り気分が良いものではありません。


しかし150億円(公費分は100億円)もの大金が泡と消えたことは、紛れもない事実です。「どこにそんなにお金を使ったの」と誰もが思うような数字です。その使途についてはこれから都議会で追及される模様ですが、私が気にしているのは多額の費用だけではありません。それは招致活動のために大金をかけて制作された様々な成果物(除くCM)の活用のされ方です。これらの制作物の殆どは関係者へのプレゼンで使用された後、文字通りお倉入りになっています。

例えば、来日したIOCの評価委員にプレゼンするのに様々なプレゼンツールが用意されましたが、これには制作費などに大変なお金がかかりました。新聞などでも紹介されましたが、中には誰もが興味を持つ展示システムがあります。例えば、更地で何もないのに特殊なメガネで覗くと、そこには完成した競技場が出現するバーチャルシステムや、半径8キロ以内に建設される予定の競技場の位置関係が一目で判る巨大な東京都のジオラマなどです。これらは評価委員にプレゼンするために用意されたものなので公開されませんし、東京オリンピック開催が消えましたから今後も公開されることはないでしょう。


前者のバーチャルシステムはハードウェアとそのオペレーターの費用が1110万円で、それを10台用意し、そのための映像データやプログラムの制作にも多額の費用をかけました。後者のジオラマは、森ビル所有のジオラマに、その周辺の模型を新たに作り加えて競技場予定地の全てを入れ込んで作り上げましたが、それは巨大で評価委員も驚くほど精巧な展示物でした。また、予定地に評価委員をご案内する際に日本に4台しかないハイブリットバスを使いました。バスの車体には東京オリンピック招致のラッピングを1000万円かけて施し、視察が終了すると直ぐに剥がされました。

これらの費用は評価委員へのプレゼン用に制作されたものですから、招致に失敗したので「無駄金」と言われてしまうかもしれませんが、これらがオリンピック招致機運を盛り上げるためにも使われていたら、「無駄な出費」とは簡単には言われなかったのではないでしょうか。


「国民の招致歓迎意識が低い」ことは以前から言われていました。確かに東京都や招致委員会は様々な方法でその高揚策を講じていました。高橋尚子さんが銀座を走ったり、間寛平氏が世界一周のマラソンをしたりする様子がテレビで放映されていましたが、それが本当に国民の招致意識の高揚に繋がったのか、甚だ疑問ですし、第一それらが東京にオリンピック招致と関係するイベントであったことを知る人も少なかったのではないでしょうか。

そのような高揚策が度々採られても国民の招致歓迎意識は低く、盛り上がりに欠けていたことは、リオデジャネイロに敗れた敗因の一つになっています。確かに他の都市が8割以上ある国民の招致歓迎の意識が、東京の場合は6割に届いていませんでした。どんなに素晴らしいプレゼンをしても、開催国の国民に招致する気持が薄ければ、IOCの各委員が「東京で」と思う気持ちを鈍らせてしまったのは仕方がないでしょう。


ですから先にあげたプレゼンツールが評価委員のためだけ使うのではなく、国民の理解を深めるために多目的に活用されていたならば、少しは大金をかけたことに納得が行ったかも知れません。関係者だけのプレゼンに使うのではなく、一般に公開して招致意識の高揚のために活用されても良かったのではないでしょうか。これらの制作には税金が使われていますから、都民には見る権利がありますし、公開は招致意識の高揚に貢献できたと思うので大変残念です。

どうもお役人は文書に書かれたことが絶対とされて、どんなに正当な理由があっても、それ以外については聞く耳は持たないようです。私が企画・プロデュースした花と緑の博覧会の郵政共同館のメイン映像「THE NATURE」は、万博終了後に同じ映写システムを持つ科学館などから「是非上映したい」と多数のオファーが寄せられました。しかし当時の郵政省の担当者は「映像は万博の予算で制作したものだから、万博終了と同時に消滅した。従って存在しないものに使用許可は与えられない」と二次利用することを拒否しました。万博以外でも上映すると、それだけ多くの人に郵政省のメッセージを伝えることができるので、郵政省のためにも有益と考えたのですが、理解はされませんでした。


郵政省から名称が変わった総務省は、スーパープロデューサーの育成に力を入れています。このスーパープロデューサーとは、プロジェクトを発想の段階から多目的に展開することを意識し、活用できるようにすることを考えられる能力を有するプロデューサーで、これまでのように一業界だけしか見ない縦割り思考ではなく、他の領域にも目配りして企画・プロデュースできます。評価委員へのプレゼン企画をした関係者の中に、スーパープロデューサー的な思考ができる人が少なかったのかもしれません。

IOC評価委員へのプレゼン企画の提案の際に、その後の利用方法についても同時に提案していれば、もしかするとこれらのプレゼンツールは公開されていて、PRツールとして活用されていたかもしれません。もっともこれくらいのことは、スーパープロデューサーでなくても思いつきます。しかしそれを後で気づいて提案しても、お役人は認めないだろうな、と思うのは私の考えすぎでしょうか。



























民主党に政権が移行し、新しい鳩山政権はマニフェストの確実な実行を目指して頑張っています。その柱の一つ官僚主導からの脱却については、その具体化がはじまったので、官僚の間には諦めムードと共に、戦々恐々の様子です。八ッ場ダムの建設の場合は、前原国交大臣は取りあえず中止を宣言したために、建設を推進する地元住民の避難の嵐に巻き込まれ、それをどうやって解決するのか、その手腕が問われています。また、川端文科相は「国立メディア芸術総合センターの建設中止」を明言しました。緊急経済対策の補正予算として既に成立している117億円の建設費の一部は、デジタル映像関連の人材育成に活用する方向で検討されるそうです。

この「国立メディア芸術総合センターの建設」の件は、私も以前から大変関心がありました。この施設は、当時の野党であった民主党から「国立漫画喫茶」や「アニメの殿堂」などと揶揄され、税金の無駄使いとして糾弾されていました。文化庁は、日本のコンテンツ産業を後押しすることを目的に、数年前から計画していたそうですが、予算化されるまで施設建設を知る人は殆どいませんし、ましてや突然に緊急経済対策として予算化されたことにも違和感がありました。

文化庁は「国立メディア芸術総合センター」の設立趣旨を「コンピュータテクノロジーや電子機器を利用した作品、アニメーション、漫画、コンピュータゲームなどの近代商業芸術、これら一連のメディアアート作品を中心とした展示、資料収集、保管、提供、調査研究などの拠点機能を果たす施設の建設」としました。しかしこのような趣旨のもとに運営されている施設は既にたくさんありますし、従来の「ハコモノ」として建設された施設と同じ末路を辿る雰囲気を既に漂わせています。用地買収費と建屋の建設費だけでソフト関係費が含まれず、具体的な中身についての計画案がないことも問題でした。

もう「中止」となったのだから、今更あれこれ言っても仕方がありませんが、それでも私は文化庁の設立趣旨にはうたわれていない考え方で、メディア芸術に有意義な、どこにも存在しない施設を造って欲しかったと今でも思っています。文化庁に「これまでにない施設」で設立する考え方が薄かったことが残念ですし、それにしてもハコ作りだけで117億円と言うのも理解できないことでありました。

「どこにもない施設」と言うのはスタンダードなハードウェアやソフトウェアでは見ることができない作品を見ることができる機能を持った施設です。例えば私が万博用に制作したデジタル映像は、博覧会で公開された後は、その殆どがお倉入りになっています。博覧会で使用した規格が特殊なため、当初の企画通りの規模で公開できる施設が無いからです。博覧会の映像が特別規格である理由は、誰も見たことが無い映像体験をして貰いたいので、皆が見慣れている上映サイズは問題外で、インパクトが強い映像効果が得られるシステムを選ぶからで、多くの人が一度に観覧できる大きな施設で上映が可能な映像システムを採用するからです。

ですから一般で営業している施設に、それらの規格と企画意図に合った映写システムを持つ施設は殆どありませんから、博覧会と同じ映像効果を演出できません。同じ規格の施設を必要とする理由は、例えば博覧会映像制作の場合、立体映画ですと、できるだけどの席でも同じ映像効果で楽しんで頂けるよう、様々な工夫をしますが、それを確かめる施設がないのが悩みでした。

また博覧会終了後に、稀に企業広報館で二次利用して貰うことがありますが、その施設の映写システムに合わせて上映しますから、本来の映像効果を再現することはできません。従って「国立メディア芸術総合センター」のような大規模な施設に、特殊な規格の作品でも上映することができる様々なハードウェアとソフトウェアの用意があれば、これまで様々な博覧会で上映されてきた作品が当時と同じ映像効果で上映できると思うからです。

またデジタル映像は、技術が進歩すると規格が変わり、新しい機材では見ることができなくなります。現在デジタル化されてアーカイブとして保管されているコンテンツも、いずれ将来、新しいソフトウェアや機材が登場し、簡単に見ることができなくなってしまう恐れがあります。ですから貴重な映像資料だと言って単に保管しておくだけではだめで、新しい技術に合わせて変換し直すことも必要になるでしょう。これには大変な費用がかかると予想できます。

今回の「国立メディア芸術総合センター」が余りにも泥縄的な計画でしたから理解が得られなかったものと思いますが、デジタル映像関連産業振興のための施設が頓挫してしまうことは大変残念です。文化庁には今後も引き続き日本のデジタルメディアの育成と発展に有益な施設作りについて検討して頂きたいですし、実現して頂きたいものです。

このブログを始めて早いもので2年が過ぎました。その間は何となく放っておいた時期がありましたが、色々の方々から次の記事を期待しているとのお話を頂いたので再開し、今日まで細々と続けています。この再開のきっかけが、電通時代の同僚の「何故続けないのか」の一言でした。しばらくぶりにブログを開いてみると、確かに根気よく覗きに来てくださる方が大勢おられるのに驚きました。以来懲りずに駄文を書き続けていますが、読んでくださる方々には、本当に心から感謝しています。

そこでそのお礼をこめて、「集客」でお悩みの方々の解決のお手伝いを無料でさせて頂きます。但し、メールで頂いた質問にお答えするだけで企画書の作成などのように時間と手間がかかる作業は致しません。このお手伝いは私の集客技術や長年蓄積してきましたノウハウをお役に立てて頂く単なるアドバイスであり、イベントは勿論、ビジネスや地域活性化に不可欠な「集客」を成功させるための方法論を個別にお伝えするものです。集客にご苦労されておられる方々の解決策のヒントとしてご活用ください。

特に展示会や展示会のブースへの集客方法、商店街や観光振興を中心とする地域活性化策、イベントなどに集客するための効果的な目玉作りの方法などについてのご質問をお待ちしております。お気軽にご質問をお寄せください。

勿論、そんなに簡単に適切な解決策がご提示できると思っている訳ではありません。メールでの質問にお答えするだけですから、私が質問者の状況の把握を充分にできるとは思えませんが、できるだけご納得頂けるよう詳しくお答え致します。例えば「出展予定の展示ブースに集客の目玉を作りたいが、お薦めはないか。以前に出展したブースの展示内容のデータはこれ!」と言うような質問にはお答えできますが、単に「できるだけたくさんお客様を集めたいが、何か良い方法はないか」などのように漠然としたご質問にはお答するのが困難です。従ってご期待に添えない回答になると思います。あしからずご了承ください。

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ゲーム会社のアミューズメント施設運営事業が大変な不振に陥っています。各社は店舗閉鎖やなどの対応策を講じていますが、その先行きに明るい兆しは見えません。この原因に景気の低迷や、一昨年の改正まちづくり新法の施行を前に、駆け込み出店したショッピングセンターのテナントとして新規開店した施設が少ないお客を分け合ったことが挙げられています。確かにそれはそれで納得がいく理由ではありますが。そもそもアミューズメント施設に興味を失い、足を向けるお客が減ったことが最大の原因です。

これまでゲーム会社は、アミューズメント施設用に開発したゲームソフトを家庭用に転用し、そこから得た収益を業務用機器の開発コストにしてきました。しかしこれは逆にアミューズメント施設の衰退を招いた原因にもなりました。つまり家庭で人気のゲームが楽しめるならば、何もアミューズメント施設まで出向いてお金を払ってまでやる必要がないからです。アミューズメント施設では、飽きれば他のゲームを楽しんで貰えますし、新着のゲームを試して頂くことができましたが、自宅で家庭用のゲームを楽しむ方々には当然のことながらそんなことは期待できません。

あるアミューズメント施設事業者の場合、一日に1億5千万円の売り上げがあるので、安定収益が望めるアミューズメント施設運営事業からは撤退しないとのことです。しかし業務用のゲームを家庭用ゲーム機に移植する戦略を続けていく限り、この売り上げがいつまで続くのか厳しい状況にあります。その上、家庭用ゲーム機の性能が向上して移植するのが難しくなっていることもあり、この戦略を継続していくことが困難になりつつあります。

一方、邦画業界やテレビ局はテレビ番組の映画化で一息ついています。古くは「踊る大捜査線」や「相棒」、最近の「ごくせん」に到るまで数多く、配給収益はテレビ事業の不振をカバーしています。この戦略が成功している間は、テレビ局は当然のことのように二匹目、三匹目の泥鰌を狙ってくることでしょう。

この二つの業界の考え方は正反対と言えます。それはテレビ局が人気の番組をマス用に作り変えて商品化したのに対し、アミューズメント業界はマス対応の施設で当たった商品を家庭用の商品に作り変えて販売したことです。どちらも安定収益源を確保することが目的でしたが、一方は大成功、もう一方は本業の収益減を招きました。

これはアミューズメント業界の集客戦略が誤りであったことを示しています。家庭で満足させてしまう仕組みにしてしまい、アミューズメント施設まで足を運んでくださっていた顧客から来場動機を消したからです。本来ならば反対に、家庭で満足していたお客様をアミューズメント施設に足を運んで貰う仕組みにするべきでした。それを開発費が回収できると言う目先の利益を追求した結果、全く逆の方向に向かいました。

家庭とアミューズメント施設の両方に同じゲームを提供するならば、両方のレベルを変えて、アミューズメント施設では更に上位の内容のゲームが体験・体感できるようにすべきでした。そうすることにより家庭で楽しんだ愛好者はどうしてもアミューズメント施設のゲームに挑戦したくなり、足を向けるようになります。つまり家庭用ゲーム機器をアミューズメント施設に誘引するためのツールとして位置付ける訳です。そのためには最初にゲームを開発する際にその方針を立てるプロデュース感覚が必要ですが、それは無かったようです。

これはゲームに無関心の人たちや、家庭用ゲーム機器を持っていない人たちを取り込むことにも大変有効なシステムです。それは先ずお客さまに紙と鉛筆だけでゲームを楽しんで頂き、その結果のデータを使ってゲーム機でゲームを楽しむことができる次のレベルへと導き、最後にそこで得たデータでより高い次元のゲーム内容が楽しめるアミューズメント施設に足を運ばせる仕組みです。こんなことは不可能だとお考えの方もおられるかもしれませんが、これは可能です。このような仕組みを先ず新聞広告で始めます。当然、紙と鉛筆のゲームですが、そのゲーム結果をデジタルデータに変換し、そのデータを使って家庭用ゲーム機器のゲームを楽しんで貰います。後はその結果であるデータをSDUSBなどにしてアミューズメント施設に持ちこむと、更に上位のゲームが楽しめますし、全国規模の様々なイベントにも参加できると言う仕掛けです。

一般的には、アナログデータをデジタルデータに変換するための専用機器が必要ですが、それらを一切使わなくても変換できるように仕掛けを加えるから可能になります。このように家庭用ゲームソフト業界もアミューズメント施設も共に振興させてこそ将来に期待が持てますが、一時的に収益増が実現しても将来的に先細りになる戦略は余り良い戦略とは言えません。ゲーム業界はもうそろそろ考え方を改めても良いのではないでしょうか。

拙著「デジタル集客術」の中で紹介した、ケーキ店のその後のお話です。このケーキ店は、美味しいことで有名だったケーキ店が移転した跡を居抜きで買い取り、外観はそのままにして名前を変えただけで商売を続けました。パテシエが変わったことで、以前ほど美味しくなくなったことに気付いた近所の人たちの足は遠のきましたが、以前から車で買いに来ているお客様は不思議なことに変わったことに気付かない様子で、相変わらず賑わっていました。そのうち、遠方からわざわざ車で買いに行くお店として雑誌に取り上げられ、デパートにも出店するほど有名になりました。

この成功に気を良くしたオーナーは住宅街にあったお店を、近くの人通りが多い大通りに移しました。前とは雰囲気が異なるしゃれたお店になり、店員のユニフォームもケーキ屋さん風のスタイルに一新されましたが、変わらないのはケーキの味だけでした。新装開店したお店は、最初の内はお客様で賑わっていましたが、徐々に閑散とするようになり、遂に店員が入口に立って通行人の呼び込みを始めるまでになりました。オシャレな街の大通りで店員が呼び込みをするお店は他にありません。

更に夏の感謝セールと銘打ち、値引きを始めました。もう遠くから車で買いにくるお客様も、車を止める場所がなくなったせいか殆ど見かけません。以前のあの賑わいは消えたようです。美味しいケーキで有名だった前のお店の遺産で繁盛していたからなのでしょうか。それを「繁盛したのは自分たちの実力」と勘違いしたのかもしれません。急に流行らないお店になったホントの理由は判りませんが、勘違いが命取りになった可能性が無いとは言い切れないのではないでしょうか。

いずれにしても、このケーキ店はお客様心理や集客の難しさについて、実に色々なことを教えてくれました。