新しい連載のテーマを、「秦氏の足跡」とします。
秦(はた)氏は、日本列島にヤマト政権が成立しつつある4~5世紀頃から、朝鮮半島から断続的に渡来してきた氏族集団です。
彼らの渡来の動機としては、当時中国・朝鮮半島周辺では北方騎馬民族が南下してきて戦乱が絶えず、安穏な暮らしをするためには東方への移動=日本列島への渡来がとりあえずの選択肢だったと思われます。
秦氏は、必ずしも血縁的な同族集団だけではなく、地縁的・職縁的などの集団もあったようで、当時のヤマト政権が、統治の必要上「秦氏」という括りを設定したのでは?と言われています。渡来系氏族としては、最大・最強の集団でした。
彼らが日本列島にもたらしたものは多々ありますが、まず「土木技術」が挙げられます。例えば、5~6世紀頃彼らが入植した桂川流域では、今の嵐山渡月橋付近に井堰を築き、河水を堰上げて用水路によって流域を灌漑・農地化していきました。
↑↑ 桂川一ノ井堰(渡月橋上流)
正面奥に聳えているのが愛宕山(924メートル)です。
一の井堰案内板の、左上の部分を拡大してみると・・
この井堰から取り入れられた水は、「洛西用水路」としていくつかに枝別れし、今も現役で使われていることが分かります。勿論、新増設された部分や補修・補強はずっとされてきたでしょうが。
一の井堰を上流側から見ています。右端に見えているのが渡月橋です。
下の屋形船が舫ってある部分の右側に用水路の取り入れ口があります。
↑↑ 用水路は南に向かって流れ、上の写真は松尾大社の境内を流れている部分です。一ノ井堰にある案内板にも、この近くの写真があります(左下隅)。
松尾大社は秦氏の氏神として創建されましたが、その境内に洛西用水を取り込んで通し、この偉業を顕彰・信仰の対象にしているのです。
↑↑ もう少し下流部分。このあたりは用水路らしいですね。
今回はここまでにします。




