先日、遠方に住む伯父が亡くなりました。
実に15年以上ぶり
6時間かけてお別れを言いに行きました。
最後に会ったのは長男が赤ちゃんの頃。
しばらくはせっせとお手紙を写真を送ったり
できていたのに、
長女が生まれて…
次男が野球を始めて…
仕事に復帰して…
会えないからせめて
写真を送って喜ばせてあげたい!
と現像には出すものの、
そこから発送するのが当時の私には
とても難しく
そんな自分に自己嫌悪するのに
なぜか出せない…!!!
さらに
その負い目から電話で話すことすら
申し訳なくて。
一つ転けると、転けっぱなし癖の私は
そんな状態でずっと来てました。
ずっと、何かに疲弊してたんでしょうね。
伯父や伯母はただ純粋に
私を子どものように、私の子たちを孫のように
かわいく思い、愛してくれていたのに。
つい最近までの私にはその愛を受てけとる器もなかったし、受け取り方がわからなかった。
愛って、わかってなかったんです。
そんなところにやってきた伯父の訃報。
こんなことを言うと不謹慎かもしれませんが、
なかなか連絡できなかったことの
伯父への申し訳なさや
謝りたい気持ちが湧き上がると同時に
会いに行って、お礼を言うチャンスを
もらえた!と思ったんです。
伯母は遠いから来なくていいよ、
と言ってくれてたけど、
「おじちゃんに、ありがとうを言いに
行きたいんだ」と、素直な気持ちを
口に出して言えたら、
本当は私たちにずっと会いたかっただろう
叔母の嬉しそうな声…
あぁ、私は愛されてるな。許されてるな。
そう感じ、
伯父がまた伯母との縁を結び直してくれたんだ
と感じた瞬間、
涙とともに感謝が溢れてきました。
10数年ぶりの伯父は、80代後半でしたが、
とても小さくなっていて。
80代前半の伯母も背中が曲がって
おばあちゃんになっていて。
それはある意味、当たり前のことだけど
これまでの電話の声はいつも元気そうで
変わらなかったのをいいことに
気付かぬふりをしていたのかも。
そうすると、ふといつも隣にいる母も
気になり。
口は達者で憎たらしいことばっかりだけど
年取ったな…老いたな…
と、急激に感じ。
今の何気ない、当たり前の毎日は
永遠には続かないよ。
と、伯父が教えてくれたように
私は受け取りました。
これからは、1人になってしまった
おばちゃんと
また楽しく連絡取り合うね。
安心してね、おじちゃん。
他にも、新たな出会いもいただきました。
はとこに当たる女性に
初めてお目にかかりましたが、
私と歳も近く、そして境遇もよく似ており
意気投合!!
仕事に関してとても励まして下さり、
歳を重ねてもやりたいことを諦めない!!
勇気ももらい。
伯父からたくさんの心のお土産をもらって
お葬式に行ったのに、かなりテンション高めで
広島に帰りました。
この日までに、伯父のお土産を受け取れる
状態になれていた私でありがとう。
おじちゃん、おばちゃん、私の周りのみんなに
心からありがとう🙏
そう思わせてもらった出来事でした。



