土日の予定といえば、高二の次男の野球の試合を見に行くことが多いですが、予定のない天気の良い土日は庭師になってたりします。


百何十年も前に、ご先祖様がこの地に根を下ろした時に植えられた木もあり、緑多い庭に四季折々癒されてもいるのですが、その手入れに頭を悩まされているのも、また事実。


どうしても自分たちでできないところは本物の庭師の方に来てもらって剪定してもらいますが、少しでも費用を安くするために選定ゴミの処分場への搬入(往復1時間半から2時間)は自分たちでします。


その処分場通い、1ヶ月かけてようやく今日完了して、感無量😭


庭がなければこの労力と時間は自分や家族のために使えるのに…

本当に嫌で嫌で何度全部切り倒してしまいたいと思ったことか…


その思いが通じてしまったのでしょうか…。

この夏、我が家のシンボルだった松の木が枯れてしまいました。

とにかく暑かったこの夏、うちだけではなくご近所でも同じように歳をとった松が枯れてしまったお家がいつになく目立ったので、決して私の呪いが効いた訳ではないようですが、もう切り倒すしかないとわかった日には、そんな現実が本当に来るとは想像もしてなかったし、自分が思っているよりもずっとショックを受けている自分にビックリしてしまった私。

小さい時に聞いた、植えられた経緯やそれにまつわるご先祖様の話。祖父と父が二人で板を渡しながら命綱を付けて選定してた姿。まるで親が余命宣告されたのか?くらいに走馬灯のようにいろんなことを思い出し、ついに迎えた1ヶ月前の寒い朝。



容赦なくチェーンソーで手際よく切られて行く様を呆気に取られ見ながら仕事に行きました。


帰って、完全になくなってしまった様を見て、私はどう感じるのだろう…


そう思いながらの仕事からの帰り道、次第に見えてきた我が家の姿にもうあの松の姿がない。

あたりまえだけど笑


綺麗に切られ、残された切り株を見た瞬間。

感じた気持ちは、「お疲れ様!!」

意外にも、清いほどに晴れ晴れとしたスッキリした気持ちでした。


悲しい気持ちがなかったわけではないけど、枯れて茶色くなってもなおそこにそびえ立っていた姿は痛々しく感じていたからでしょうね。

一抱えはある切り株の姿は、ようやく役目を終えて、肩の荷が降りたかのように私には写りました。


でもそれは、ご先祖様にもらったものを大切にしなさいとずっと言われ続け、この土地に縛られてしまったと思っている長女気質強めな私だからこそ感じた気持ちなんだろうな。

誠に勝手ながら「もう自由になってもいいんだよ!」っていうメッセージと受け取りました。


その分身たち(枝葉部分)を全て処分した今日。


私の人生の一区切り。