いそがしい いそがしい ああいそがしい・・・
でも かねがない かねがない ああかねがない・・・
貧乏暇無しとは本当によく言ったもので、
江戸のいろはカルタに出てくるようですが、
庶民の間ではそれ以前から言われ続けてきた言葉だと思う。
江戸時代も現代もそれは変わらないように思える。
解釈の仕方は幾つかあると思うけれど、
そのまま受け取れば、現在でも大きな問題となっている
格差を表現していると言える。おどけて使われるが、
それを考えると、江戸のバブルだった、元禄時代に
庶民の間で流行っていた言葉をその頃できたカルタに
使ったのじゃないかと思える。
貧乏を笑い飛ばせたのは、庶民のパワーだけではなく、
その頃の生活に余裕があったからではないだろうか。
バブルで仕事が増え賃金もあがり、それまでの貧乏から
少し抜け出した。
いそがしく飛び回る、はっつぁんに、くまさんが、
「ずいぶんと稼ぐね~。」と言えば、
稼いでいる事の照れ隠しに、
「貧乏暇なしだ~。」と答える。
いきなり話は現代に戻るが、貧乏暇無しは切実な問題である。
中間搾取が多すぎる現代の構造は、江戸時代より深刻な問題だ。
企業が大きいほど、中間に訳の分からない会社が幾つも入り込み、
少しづつかすめとってゆく。
銀行が合併して名前が変わったとき、名前を変える工事に
作業員が2人監督が1人、その他に訳のわからない人間が3人いた。
監督は作業をしてはいけない事になっていたから、
作業員以外の人間が倍いた事になる。
単純に考えれば、実際にかかる人件費の倍の人件費がかかっていたことになる。
監督は必要だったとしても他の3人は不要だった。
その証拠に作業中は車で寝ていた。(夜間作業だった)
別の銀行の時も、もらった工事関連の資料に、中間のわけの分からない企業
5~6社が、1%~5%位の割合で利益を得ていたが、
何の為に存在しているかも分からず、現場に現れることもなかった。
(5~6社の中に企画をした広告会社は入っていません)
有名な住宅関連の天下り法人の仕事でも一緒だった。
こちらの方はもっと問題である、お金を出しているのは
住民だ。高いお金を払い、その半分は訳の分からないところに流れてしまう。
更に問題なのは、それでも皆が同じ賃金ならかまわないが、
普通上のほうで働く人間は週休2日、
今職人の世界では、週休2日はありえない、
祝日でさえ休みにならない事が多い。
国は週40時間と言うが、それでは職人は食っていけない。
年収500万の職人と、公務員や企業の人間が同じだと思ってはいけない
そもそも働いている時間が違う。時間にしたら相当の格差だ。
今ワーキングプアが問題になっているが、いっこうに改善される様子がない。
仕事が少なければ、仕事をシェアして分け合うのはかまわないと思う。
しかし実際に生産活動をしている人間の時間換算の賃金が、
殆ど何もしていない人間より低いのはかなりの問題だと思う。
これを改善しなければ、資本主義もやがては崩壊する。
貧乏といえばこの歌が真っ先に思い出される。
http://www.youtube.com/watch?v=c91m11VDl-8
佐久間順平さんのさるまたの唄、詩は反骨のイメージのある金子光晴さん
最初に知ったのは、高田渡とヒルトップストリングスと言うアルバムでした。
高田渡さんといえば、ギター1本での弾き語りのイメージが強いけれど、
このアルバムでは、佐久間さんのバンジョーなども入ったにぎやかな歌も
幾つかあり、お気に入りではあります。
高田渡さんが亡くなった時永六助さんが、「あれほど酒を控えろと言ったのに」
といっていましたが、お酒が好きで、ライブで寝てしまう事もあったようです。
貧乏暇なしが、江戸の落語の世界だとすればその落語や落語家のような
人生観を持った人だとも言えます。
http://www.youtube.com/watch?v=zKiKPqc-hAo
賃金が安いから休みなく働くのが貧乏暇無しと言う解釈の他に
もうひとつ、暇がないのは貧乏なのだと言う解釈も出来る。
これはお金とかではなく精神的な問題として考えれば、
「心に余裕がないということは、心が貧しいということだ」
という風に解釈も出来ます。
自分にとってこのブログもそのひとつかもしれないが、
またしばらくは書けそうもない、やっぱりお金のことであります。
確定申告の期日が迫ってます。
そろそろ会社にしないと・・・それもまた大変なんだけど。・・・
そろそろ貧乏を脱却して、お金も欲しいし所ですが、
お金で買えないものもあり、中にはお金がいらない人も
http://www.youtube.com/watch?v=C8zhCXZsjpo&feature=related
しかしながら私は、お金も欲しいし、・・・も欲しい
も少しおまけに背が欲しい。
でも かねがない かねがない ああかねがない・・・
貧乏暇無しとは本当によく言ったもので、
江戸のいろはカルタに出てくるようですが、
庶民の間ではそれ以前から言われ続けてきた言葉だと思う。
江戸時代も現代もそれは変わらないように思える。
解釈の仕方は幾つかあると思うけれど、
そのまま受け取れば、現在でも大きな問題となっている
格差を表現していると言える。おどけて使われるが、
それを考えると、江戸のバブルだった、元禄時代に
庶民の間で流行っていた言葉をその頃できたカルタに
使ったのじゃないかと思える。
貧乏を笑い飛ばせたのは、庶民のパワーだけではなく、
その頃の生活に余裕があったからではないだろうか。
バブルで仕事が増え賃金もあがり、それまでの貧乏から
少し抜け出した。
いそがしく飛び回る、はっつぁんに、くまさんが、
「ずいぶんと稼ぐね~。」と言えば、
稼いでいる事の照れ隠しに、
「貧乏暇なしだ~。」と答える。
いきなり話は現代に戻るが、貧乏暇無しは切実な問題である。
中間搾取が多すぎる現代の構造は、江戸時代より深刻な問題だ。
企業が大きいほど、中間に訳の分からない会社が幾つも入り込み、
少しづつかすめとってゆく。
銀行が合併して名前が変わったとき、名前を変える工事に
作業員が2人監督が1人、その他に訳のわからない人間が3人いた。
監督は作業をしてはいけない事になっていたから、
作業員以外の人間が倍いた事になる。
単純に考えれば、実際にかかる人件費の倍の人件費がかかっていたことになる。
監督は必要だったとしても他の3人は不要だった。
その証拠に作業中は車で寝ていた。(夜間作業だった)
別の銀行の時も、もらった工事関連の資料に、中間のわけの分からない企業
5~6社が、1%~5%位の割合で利益を得ていたが、
何の為に存在しているかも分からず、現場に現れることもなかった。
(5~6社の中に企画をした広告会社は入っていません)
有名な住宅関連の天下り法人の仕事でも一緒だった。
こちらの方はもっと問題である、お金を出しているのは
住民だ。高いお金を払い、その半分は訳の分からないところに流れてしまう。
更に問題なのは、それでも皆が同じ賃金ならかまわないが、
普通上のほうで働く人間は週休2日、
今職人の世界では、週休2日はありえない、
祝日でさえ休みにならない事が多い。
国は週40時間と言うが、それでは職人は食っていけない。
年収500万の職人と、公務員や企業の人間が同じだと思ってはいけない
そもそも働いている時間が違う。時間にしたら相当の格差だ。
今ワーキングプアが問題になっているが、いっこうに改善される様子がない。
仕事が少なければ、仕事をシェアして分け合うのはかまわないと思う。
しかし実際に生産活動をしている人間の時間換算の賃金が、
殆ど何もしていない人間より低いのはかなりの問題だと思う。
これを改善しなければ、資本主義もやがては崩壊する。
貧乏といえばこの歌が真っ先に思い出される。
http://www.youtube.com/watch?v=c91m11VDl-8
佐久間順平さんのさるまたの唄、詩は反骨のイメージのある金子光晴さん
最初に知ったのは、高田渡とヒルトップストリングスと言うアルバムでした。
高田渡さんといえば、ギター1本での弾き語りのイメージが強いけれど、
このアルバムでは、佐久間さんのバンジョーなども入ったにぎやかな歌も
幾つかあり、お気に入りではあります。
高田渡さんが亡くなった時永六助さんが、「あれほど酒を控えろと言ったのに」
といっていましたが、お酒が好きで、ライブで寝てしまう事もあったようです。
貧乏暇なしが、江戸の落語の世界だとすればその落語や落語家のような
人生観を持った人だとも言えます。
http://www.youtube.com/watch?v=zKiKPqc-hAo
賃金が安いから休みなく働くのが貧乏暇無しと言う解釈の他に
もうひとつ、暇がないのは貧乏なのだと言う解釈も出来る。
これはお金とかではなく精神的な問題として考えれば、
「心に余裕がないということは、心が貧しいということだ」
という風に解釈も出来ます。
自分にとってこのブログもそのひとつかもしれないが、
またしばらくは書けそうもない、やっぱりお金のことであります。
確定申告の期日が迫ってます。
そろそろ会社にしないと・・・それもまた大変なんだけど。・・・
そろそろ貧乏を脱却して、お金も欲しいし所ですが、
お金で買えないものもあり、中にはお金がいらない人も
http://www.youtube.com/watch?v=C8zhCXZsjpo&feature=related
しかしながら私は、お金も欲しいし、・・・も欲しい
も少しおまけに背が欲しい。