「お待ちなさい!!」
甲高い叫びとともに、白い服が姿を表した。そこにいた者全員が目を奪われ、そして息を呑んだ。
 それは、マディの服を着たナツであった。大急ぎで着替え、マディになりすましたのである。そこにいた乗組員全員が瞬時に理解した。
「乱暴な振舞いは許しませんよ」
いつもマディがするように、こころもち頭を後ろにそらし、ナツは真正面からソメヤを睨めつけた。
「これはこれは」
片眉を上げ、感心したようにソメヤは微笑んだ。小さなナツの肩が気張って震えている。
「お会いできて光栄です、お姫様」
ソメヤは大股で近付き、おもむろに膝をついた。恭しく例をし、
「御自らのお出まし、恐れ入ります」
続いて手を取ろうとしたが、ナツはそれを拒絶した。
「私はあなた方が直ちに退去することを要求します」
「そうは言われましても、こっちもそれが商売でして。残念ながらそれはできない相談でございます」
言うが早いか、ソメヤはナツを抱き締めた。不意を打たれてナツはなんなくとらわれてしまった。網にとらえられた子兔のようにナツは身悶えて、逃れようともがいた。
「ほほう、姫君はなかなかイキがよろしゅうございますな」
そして、あろうことかソメヤはナツの口唇を奪おうとしたのだ。
「何をするのです!放しなさい、野蛮人!!」
「いいねえ、ヤバンジンと来たか。どうよこのお姫様の軽いことといったら、まるで羽根だぜ」
下品にもソメヤはナツの身体を抱きあげ、衆人の面前で撫でまわし、散々に口唇を吸ってから言った。
とらわれの乗組員達はあまりに痛々しい光景に皆目をそむけるしかない。
「け、けだもの!!」
ナツは涙を流しながら叫び、殴りつけようと拳を何度も振り回した。
しかし、そんなものは羽虫のひと噛みとばかりにその手を押さえ込み、ソメヤはナツを肩の上に抱え上げた。
 それを合図に全員引き上げの態勢になるのだ。もうすでに倉庫のお宝は自分達の船に運び込んである。
「ようし、行くぜ、野郎共!」
軽々とナツを抱えたまま、ソメヤは号令を出した。
その時、それを遮るようにソメヤの目前に一人の若者が飛び出してきた。
「ま、まてっ!」
見れば先刻の若者である。ソメヤは意外そうに言った。
「何でえ、またおまえか。こっちの船に乗り換えたくなったかい?」
「うるさい、か、彼女をはなせ!!」
「彼女だあ?」
ソメヤは不快な表情に変わった。
「やめておけ、どうせおまえは弱すぎて俺の相手にゃあならねえ。命は惜しむもんだぜ、若造」
「黙れ!臆したかこの人非人め!」
果敢に彼は細い剣を抜き払った。
「その忠誠心は買うが、無駄なことよ」
「うるさい!彼女を返せ!」
その瞬間、深いそうにひそめられたソメヤの眉が開いた。
勘のいい彼にはそのからくりが雲が晴れるようにわかったのである。
「なるほどねえ。そういうことか」
ソメヤは肩の姫君を床に下ろした。恐怖と怒りのあまり足がくだけ、よろめくのを支えてやると、やおらソメヤはその白い服を引き裂いた。
「何をする!!」
「俺をたばかりやがったな、この女。見せしめにこの場で恥ずかしい目に合わせてやるのよ」
「やめろ!!」
「おいおい、口だけかい、若いの。ほれ、きれいなもんじゃねえか。おまえはこの白い肌に触ったことはあんのかい?」
言いながら次々に切り裂いては床に落として行く。見る間にナツはうすい下着一枚だけに
されてしまった。
恐怖と屈辱で失神寸前のナツを見て、ソメヤは残忍に、嬉しそうに笑った。
「ひょっとしてお嬢ちゃん、男に触られるのは初めてかい?」
小枝のようにか細く白い腕を取り、その肌に口唇をつけた。
「なあに、心配はいらねえよ。俺は上手いし、こんなふうに人に見られるとますますいいんだぜ」
「いい加減にしろ!」若者が叫ぶ。
「坊主、お口が立っても腕が立たなきゃ男とは言えないぜ」
「・・・くそっ」
ソメヤは挑発的にますますぎゅうとナツを抱き締め、あまつさえ、青白い頬に口唇を押しつけるのだ。
「ホラホラ、どうしたい?早くしねえとおめえの大事なお嬢ちゃんが皆のまん前でひんむかれちまうぜ。そんで脚広げられて散々よがり声聞かれちまうんだ、こんな風によ」
ソメヤはナツの片脚を抱えた。
「やめろっ!!」
彼は怒りに震える手で剣を握りなおした。ソメヤにいいようにからからわれているだけなのだとわかってはいても、腹の奥から煮えるように熱く怒りが沸いてくるのだ。
「ちえい!」
大きな気合とともに彼は上段に振りかぶって突進した。怒りの気迫のこもった思いがけず鋭い剣先に、ソメヤは反射的に身をひねり、返す手で剣を抜くと、思うさま振りおろした。
ほんの一振りで難なくその腕が両断された。剣を握ったままの腕が弧を描いてはなれ、船床に剣先をつきたてて落下した。
切り口から噴き出る血液が辺りに散り、彼は叫び声をあげて落ちた手首を拾おうとした。
 この婚礼船にはそのような残酷な仕打ちを見たことがあるものはいなかった。皆一様に目をそむけ、吐き気をこらえた。
「おいおい、暴れると余計痛いぜ。可哀想にな、まだ若えのに」
自分でやっておきながら、ソメヤは少しも動じる様子もなく言うのだ。それどころか、片腕には未だしっかりとナツを抱えているのである。
「腕がなくちゃあお嬢ちゃんを抱けねえなあ。可哀想だから楽にしてやるか」
その言葉が終わったか終わらぬうちに音もなくベニーバーナが近付いてきた。そして、床に突き立った剣でやおら彼の胸を刺し貫いたのだ。
衝撃に目を見開いている彼の胸に剣を残したまま抱え上げ、そのまま船から放り出した。
わずかな間の後、大きな水音が聞こえる。
「俺を恨まねえでくれよ、皆さんよ。勇敢な魂に敬意を表して手下じゃ一番のこいつを使ってやったんだからな」
そしてソメヤは高笑いするとナツに口唇を押しつけた。
「どうもお姫様はいねえようだから、このちっせえお姫様を俺のもんにするとするか。・・・さあお姫様、おめえの家来どもにいい声を聞かせてやりな。やっぱ上に立つものが示しをつけなくちゃいけねえからなあ」
そう言ってソメヤが惨たらしくもナツの下着を剥ぎ取ろうとした瞬間、
「待ってくれ!!」
縛られた人たちの中から声があがった。その瞬間、皆の間に鋭く緊張感が走った。
「私は、姫様のおられる場所を知っている」
それを聞いて、ソメヤはその声に向き直った。
「知っているって?」
「と・・・取引きをしよう。私が一人で姫様のところに案内する。代わりにナツをもうそれ以上辱めないでくれ」
「ほほう。ずいぶんおめえさんに都合のいい条件じゃねえかい」
「私はナツの許嫁・・・あんたが殺した男の育ての親だ」
「なるほど。お姫さんを義理の娘のために売ろうってかい」
「なっ・・・」
「まあいいさ。他人の義理より親の情ってな。俺あそういうのは好きだぜ」
「私はそういうつもりで言ったのでは」
「うるせえな。俺あ気が変わりやすいんだ。四の五の言わずにさっさと案内しな」
言うと同時に手下の一人がさっと細縄のいましめを解いた。
彼は立ち上がり、ソメヤを睨みつけた。


「見えました!!」
従者が飛び込んできた。ショウは飛び立つように立ち上がり、傍らに置いていた剣を掴んだ。
「見えたか」
「間違いありません。・・・ですが」
「何だ」
ショウは鋭く響く声で聞き返した。従者は語気の強さにたじろいだ。
「あの・・・確かに姫様の船なのですが、もう一艘、接舷しているようなので」
「やはりそうか!!」
「物見の話では、キャプテンソメヤの船ではないかと」
ショウはいきなり剣を従者に押しつけた。
「物見に上がる」
一言叩きつけると、ショウは大股で物見台に向かった。

「あれは・・・」
思わずショウはつぶやいた。真白い船をまるで凌辱するかのように黒い船が圧し掛かっている。ショウは遠望鏡の中に、黒地い白抜きの交差する大鎌と、それにむすびつけられてたなびく赤いリボンの絵柄を見ていた。
 ソメヤの船の旗印であった。
「急げ!あれにつけよ!」
ショウは物見の上から大声で命令した。
ソメヤの船に襲われて助かった船は、この世にひとつもないのだ。


 船内はソメヤの手下によって散々に荒らされていた。抵抗した船員との闘いのあとがそここに残され、白い装飾を汚している。






 正しく雷雲のように見る間に近付いて来て、あっという間に一撃目を食らってしまった。船首を黒い鋼いろで装甲した船は、間髪をいれず続けざまに体当たりを食らわせた。
 逃げる間もあらばこそ。美しく装われた婚礼船を凌辱するかのように押しとどめ、黒い船から雨のように侵略者達が乗り込んで来た。
 「か、海賊だあ!」
慌てふためく婚礼船の乗組員はあっさりと殴られ、片っ端から縛りあげられて行くのだ。
その時、ひときわ大きな影が降りてきた。両側から襲いかかる者を軽やかに殴り飛ばし、高らかに呼ばわった。
「大人しくしやがれ、ヘボ船頭どもめ!!」
甲板に立つ大男は、哀れな婚礼船の船員達には海の怪物のように見えた。
「俺様は泣く子も黙る海の帝王、キャプテン・ソメヤよ!死にたくなけりゃあ神妙にしやがれ!」
言うなり、果敢にも剣を振りかぶって来た男を真っ向から斬り払った。
「わ、わわあ」
悲鳴を残して海に落ちた男を見もせずソメヤは
「大人しくしてりゃあ何も生命まで持ってこうなんぞ言やしねえ。俺達は誇り高い海の紳士だからな」
目の前で仲間を失い、息を呑んで立ちすくむ可哀想な乗組員達をぐるりと見回してソメヤは言った。
「見りゃあ品のいい茶坊主みってなのばかりじゃねえか。おい、そこのおめえ。お仲間達を全員集めて細縄でつなぎな」
ソメヤは端にいた若い船員に命令した。ソメヤの手下達は船底の倉庫に入って歓声を上げている。
「こ、断る」
けなげにも震えながらきっぱりと首を振る若い船員を、ソメヤは驚いたように見直した。
黒々と光る片目でにんまりと笑う。
「おめえが縛らなきゃ、片っ端から海に落としてやるまでだがどうだ」
「・・・くそ」
そう言われて、苦しそうに彼は細縄を手にした。端からゆっくりと手を縄手繋いで行く。面白そうに笑ってソメヤは見ていたが、
「余計なことを考えないように、きちんとやったほうが身のためだぜ」
  やがて、奴隷のように手足をつながれた一団が甲板にまるまってできあがった。
その前に立って、ソメヤはぐるりと見渡した。強い太陽を浴びてなお、光を弾くように威風堂々と見える。いかにも酷薄そうに口唇はうすく、屈強な四肢は立ち向かう勇気を萎えさせるのだ。
「見たところずいぶん景気のいい船らしいが、何かめでたいことでもあるのかい?ええ?」
ニヤニヤ笑ってソメヤは人質達の後方にいるベニーバーナを見た。
「俺の占いによれば、この船は風の国に行くお姫様がお乗り遊ばされている筈だが」
わかっていることを言うのである。しかし、しんとして誰も答えない。
「だがな、おかしなことに手下共はまだそのお姫さんを見つけちゃいねえんだ。これあ一体どうしたことだ?」
「そりゃあキャプテン」
芝居のような口調でベニーバーナが受けた。こういう判じ物のようなやりとりの呼吸は、さすが格別にベニーバーナがうまかった。
「どこかにお隠れ遊ばされてるに違いありませんぜ」
「ほほう。ということはなんだな、俺とかくれんぼをして遊びたいとでもいうのかね」
「じらしてすねるのは女の常套手段といいますから」
「いいねえ。俺は一刻も早くそのお姫さんにお会いしたくなったぜ」
「きっとこの中の誰かが連れて来てくれますよ、キャプテン」
人質の間をさっと緊張が走った。勿論、命に換えても姫君は守るという覚悟はできている。しかしこの狭い船の中、いくら自分達が黙っていたとて、本気で捜せば簡単に見つけ出されてしまうにきまっている。皆が一人船室に閉じこもって震えているであろう姫君を想像した。
「ということだが、どうだ。誰か俺の案内役になってはくれないかね」
声が上がらなかったのは当然である。そんなことは百も承知で言っているのだ。
「じゃあ仕方がない。さっきの勇敢な若いのに案内してもらうかな。・・・おっと、変な気をおこすとお仲間は哀れ魚のエサだぜ。そいつをきちんと覚えていてもらいてえな」
ソメヤの言葉に従って、ベニーバーナが先ほどの若者を立たせた。彼は口惜しさに顔色を蒼くして、ソメヤを睨み付けた。
「いい性根をしているようだが、人質には不向きだなあ。ちと手荒になっちまうかもしれねえが、ま、気を悪くしねえでくれよ」
「気安く触るな」
肩を押そうとしたベニーバーナの手を振り払い、彼はペッと唾を吐きかける真似をした。その途端、ベニーバーナの両手が一閃し、またたく間に若者は一回転して床に叩きつけられた。
「おいおい、言ってるそばからこれかい。頼むぜ、そいつは俺の手下の中ではいっとうケンカっぱやいんだからな」
その時である。
 「お待ちなさい!!」
甲高い叫びとともに、白い服が姿を表した。そこにいた者全員が目を奪われ、そして息を呑んだ。
 それは、マディの服を着たナツであった。大急ぎで着替え、マディになりすましたのである。そこにいた乗組員全員が瞬時に理解した。


 おそろしい怒号が甲板で聞こえた。マディはナツと顔を見合わせた。
「何でしょう?」
身支度も済んで、後は迎えの使者を待つばかりとなったマディであった。
 マディの乗る船の乗組員達は船乗りにしては珍しく、みな穏やかな気性の男達ばかりであった。怒鳴り声を出すことは滅多にない。
「ちょっと見て参りましょうか」
そう言ってナツが腰を上げた途端、もの凄い衝撃が二人を床へ突き飛ばした。続けて一撃、二撃と繰り返された。二人は他愛もなく床に崩れ、転がされた。
「姫様!」
ナツは椅子から放り出されて床に花が散ったように打ち倒れたマディに駈けよった。
「大丈夫。それより」
不安げに上を見上げた。荒々しく甲板を踏みならす足音に混ざって、金属のぶつかる音が聞こえる。
「まさか・・・」
思わずナツはマディをぎゅっと抱き締めた。不安はマディにもすぐわかった。上で明らかに斬り合う音と悲鳴が起きている。
「ナツ、しっかりして」
マディはナツを助けながら立ちあがった。その時、重い靴音とともに船員が転がり込んできた。
「ひ、姫様!!」
その姿を見て、二人はひっと声を上げて棒立ちになってしまった。顔は血に濡れ、肩口からも激しく血が流れている。
「海賊です。姫様、早く逃げてください」
「何ですって!」
ナツは悲鳴を上げた。よりによってこの祝福されるべき船に海賊とは、悪魔の采配のようではないか。
「応戦してますが、何分奴らは・・・」
「わかりました」
マディは皆まで言わせずうなずくと、きっぱりと言った。
「私達の身は自分で何とかします。あなた方は船を守ってください」
「姫様!!」
仰天してナツは再びひしと取りすがった。当然手助けを頼むものと思っていたのである。
そしてそれは花嫁として乗り込む以上、姫である以上、当たり前のことなのだ。
「目的は私が風の大国の方に無事にお会いすることです。貢物など海賊どもにくれておやりなさい。船さえあればいいのです」
毅然とした言い方に、船員は一瞬感に堪えないといった表情になった。しかしすぐにきっと口唇を結び、最敬礼の姿勢を取った。
「死んではいけませんよ。皆にご加護がありますように祈ります」
マディは微笑みつつ言った。ナツは目を潤ませ、船員の怪我をした腕に自分の首を飾っていた布を巻いてやった。船員は頬を紅潮させ、入ってきたのと同様に荒々しく出て行った。
「姫様」
こぼれそうな涙をまばたきで散らし、ナツは振り返った。
 マディは少し戸惑ったような表情をしていた。
「海の上で、逃げられる訳もないし、殺される訳にもいかないし」
「殺される!そんなこと!」
「どこかに隠れる以外に手立てはないと思うのだけれど、ナツになにか考えは?」
「でも、隠れるって一体どこへ」
「倉庫にいては必ず見つかるし、ここでもそう違いはないでしょう」
「姫様、掃除用具入れが」
「そんな・・・」
場所を知っているのか、と続ける間もなく、ナツはマディの手をつかむと船室を飛び出した。
 目立たないように細い隙間をくぐり抜け、船の隅にある掃除用具を入れる狭い空間へ夏はマディを放り込んだ。
「ナツ!」
「姫様、そこでじっとしていてください。絶対に音を立てちゃだめですよ」
「ナツ、あなたも」
「私、姫様をお守りします。服をお借りします」
「いけない、ナツ」
何をしようとしているのかわかって、マディは抗った。
「平気です。それより、絶対にここにいて下さいね」
言うなりナツはばたんと扉をしめ、外から鍵をかけた。涙が出そうになった。が、それを飲みこみ、ナツは船室へと駈け戻った。

「ナツ・・・」
マディは外から鍵をかけられたことで一気に冷静に戻った。ナツはとらえられて殺される覚悟をしたに違いないのだ。
 一人ではここから出られない以上、ナツが来てくれない限りいつか自分も死ぬだろう。海賊に辱められるより、ここで船とともに誇りを全うすることを、ナツは与えてくれたのだ。
 最悪の場合は。マディはそう考えて息を吐いた。何も成せないまま海の藻屑と消えるのも仕方のないことなのかもしれない。